2010年03月01日

地に落ちた日本人

みなさんはバンクーバーオリンピックを楽しんだだろうか。我輩は20年も中国にいるため、日本選手だけでなく、中国選手がメダルを獲得しても喜ぶことができるので、充分楽しむことができた。

中国でも注目された女子フィギュアスケートだが、キムヨナの演技はそれ自体が一つの宝石であるかのように素晴らしかった。それに比べると浅田真央の演技は、たとえミスが無かったとしても明らかに劣っていた。特に目立ったのは、手先までを含めた腕全体の表現力の違いだ。キムヨナは最初から最後まで表現力の塊だったが、浅田真央は表現力ゼロの時間が目立ってしまった。特にキムヨナのフリーを観た後ではもうその差が歴然としていた。

これは浅田真央の責任というよりも、コーチの選択を失敗したというべきで、要するに総合力の差が出たということだ。

コーチの選択といえば、安藤美姫の構成もひどかった。中国の放送では、安藤美姫のコーチは世界でもトップクラスの人材だと何度も紹介されていたが、少なくとも今回の演技を観る限りでは、超一流ではないことが明らかだ。

二人のコーチあるいはコーチ陣は、フィギュアスケートのポイント制度を良く知らないのでは、という疑問さえ浮かんだほど、残念な結果となってしまった。

オリンピックの競技は、言うまでもないがルールに則るのが当たり前だ。だからこそルールを熟知することが求められるのだ。

とここまで書いて、寿司売場で反日教育に書いたことを思い出した。

 「負けて銀ではなく、銀を勝ち取った」。エースで主将の冨田洋之選手(27)=セントラルスポーツ=はいつもどおりのクールな表情で強調した。中国に点数で圧倒されたが「美しさでは負けていない。メダルの色がどうこうではなく、日本の体操をしっかりできた」と力を込めた。

 けがを乗り越えて北京の舞台に立った鹿島丈博選手(28)=同=。「中国は強かった。悔しいですね」と吐露。それでも「きれいさ、体操の本質的なものは日本が上。本質を欠くと体操ではなくなる」とプライドをにじませた。

という独りよがりな感想には違和感がある。体操という競技に参加し得点で他のチームを上回るためには、そのルールの範囲でどれだけ自分の力を発揮できるかを追求すべきなのだ。美しさやきれいさが大きく評価されないルールの競技に参加したのだから、美しさやきれいさでは上だったなどというのは潔くない。


ある競技に参加すると決めたのだから、勝利を目指すのが当然だ。しかし我国には勝利を勝ち取るための努力が全く足りていない。情報収集は基礎中の基礎なのだが、それすらできていないようだ。幕末の攘夷派と同じで、日本という世界の片隅が世界の常識だとでもおもっているのだろう。

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posted by 楼主 at 17:02 | Comment(19) | TrackBack(1) | 嗚呼日本

2010年03月04日

"地に落ちた日本人"へのコメント

seesaaは時々コメントが書き込めなくなる。今時のブログとしては非常に残念なレベルなので、もうひと踏ん張りしてもらいたいものだ。

さて、今回のエントリーは前回の地に落ちた日本人のコメントの続きだ。

iyaさん
>なるほど。では、キム選手の得点が発表された瞬間と、浅田選手がトリプルアクセルを決めた瞬間とでは、どちらが歓声が大きかっただろうか。ぜひ結果を教えて欲しい。

なぜ無視するのだろうか。自分で言い出したことなのだから、最後まで責任をもってほしいものだ。

>いくつかの競技の結果だけを見て日本の行く末まで語るなんてちょっとぶっ飛んでいるとしか思えません。

オリンピック全体で金メダルがゼロだ。それを「いくつかの」などということこそ、気が狂っている。

>マイナー競技はルールが未熟な物が多く、ルール内で勝利至上主義を突き進んだ結果観客にとって非常につまらないものになる事があります。レスリング柔道や4回転を飛ばないフィギュア等です

「〜事があります」というのは便利なフレーズで、正に「いくつかの」例をもちだして、それを全体の傾向だと思わせることができる。

昔の柔道からみると、現在の柔道は仰る通りレスリング柔道だが、昔の柔道を観て「これは眠くなるな」というオーストラリア人がいた事を思い出した。日本でも昔の柔道を知らない若い人はどちらが気に入るのだろうか。

4回転を跳ばないフィギュアが「観客にとって非常につまらないもの」だとはとても思えない。我輩は大いに楽しんだ。感動さえ与えてもらった。

たくさん回れば偉いのか? フィギュア論争が過熱(http://news.livedoor.com/article/detail/4633480/)から、言葉を引っ張ろう。

>過去にトリプルアクセルで世界を魅了した伊藤みどりは東ドイツの金メダリストから「観客はゴム鞠が跳ねるのを見に来ているわけではない」と批判されたことがある。

ジャンプは演技の一部分でしかない。そんなにジャンプがお好きなら、iyaさんにはトランポリン競技を観ることをお勧めする。とてもダイナミックで素晴らしいパフォーマンスが楽しめる。


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posted by 楼主 at 19:27 | Comment(8) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2010年03月06日

地に落ちた日本人"へのコメント"へのコメント

なんだか分かりづらいタイトルになってしまったが、またもやseesaaの不具合のせいで、コメントが投稿できなくなった。

ではコメントをば。

iyaさん
>浅田選手がトリプルアクセルを決めた瞬間とキム選手の得点発表の瞬間とどちらの歓声が大きかったのかは分かりません。そんなの意識してみてる人いるんですか。第一それが客が演技を求めているか勝ち負けを求めているかの比較になるのでしょうか。

>過去に数人しか飛んでいないトリプルアクセルを跳び、客も大いに盛り上がった。テレビではキムヨナ選手より歓声が大きく聞こえました。

訳がわからない。観客は勝ち負けよりも美意識を求めているという自分の主張を裏付けるために「テレビではキムヨナ選手より歓声が大きく聞こえました」と書いたことを忘れていないだろうか。「そんなの意識してみてる人いるんですか」というのは我輩が聞きたいぐらいだ。もちろん浅田選手がトリプルアクセルを決めた瞬間とキム選手の得点発表の瞬間とを比べることは、美意識と得点のどちらをより多く求められているかを判断する材料となる。そうでなければ「過去に数人しか飛んでいないトリプルアクセルを跳び、客も大いに盛り上がった。テレビではキムヨナ選手より歓声が大きく聞こえました」とiyaさんが書いたのはなぜだかさっぱり理由がわからなくなる。

ちなみに美意識というのは、勝利を獲得するための手段のうちの一つでしかない。

卓球の例で言えば、なぜラリーが続くようにルールを改訂したのだろうか。ラリーが続くようにすることが目的なのだろうか。いや、それは勝つための手段でしかない。他のスポーツあるいは他のエンターテイメントに勝つことこそが目的なのだ。


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posted by 楼主 at 18:14 | Comment(7) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

キムヨナの金メダルに日本人が難癖をつけた

なかなか興味深い記事を見かけたので、掲示板からではないが紹介しよう。元の記事はここだ。

「日本のメディアが難癖をつけキムヨナの金メダルが取り消されるべきだと主張 韓国のネチズンが強烈に非難

kimyona.jpg

 韓国の《中央日報》の3月4日の記事によると、キムヨナに難癖をつけることに夢中になっている日本の世論が先日キムヨナの金メダルが取り消されるかもしれないと発表した。

 3日、日本のあるネットメディアが『キムヨナは試合の時にJという会社の商標である模様のついたイアリングを身に付けていたが、これが《オリンピック憲章》第51条の第2項に抵触している可能性が高い』とし、『このような行為は金メダル剥奪とされるべきだ』と発表した。

 この日本のネットメディアは金メダル剥奪の根拠となる《オリンピック憲章》第51条の第2項に書かれている『オリンピック開催場所の一部であるとみなされるスタジアム、会場、その他の競技エリアの、中と上空ではいかなる形の広告、または他の宣伝も許されない。スタジアム、会場、他の競技グラウンド内では、商業目的の設備や看板広告は許可されない。 』を引用し、また付属細則にオリンピックの参加者が身につける全ての衣服および使用する道具に広告があってはならず、この規定に違反した場合、国際オリンピック委員会は選手の参加資格を取り消す権利があるとされていることを指摘した。

 このニュースを知った後、韓国のネチズンは次々に『この理由にならない難癖にはこっちが恥ずかしくなる』、『オリンピックの競技は世界から注目されている、正式な競技だ。それなのに試合の結果を認めない態度は穢れているし嫌な気分にさせられる』と強烈に非難した。(朱盈庫) 」
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posted by 楼主 at 18:57 | Comment(8) | TrackBack(0) | 嗚呼日本
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