2008年07月15日

英語に劣等感をもつ日本人

MyNewsJapanにあった日本はデモまで許認可の対象! 当局の許可を得て警官が同行する“管理デモ”の違和感というタイトルを見て大きな違和感をもった。しかもこんなコメントまで付いていた。

わが国は、自由を基本とした民主主義国だよね!ビラ、デモなど、警察、自衛隊に監視され、まるで戦前の憲兵、警察国家を想起させる昨今ですね!

警察は腰抜け集団だ。許可が必要だのと愚痴る必要自体ない。文句を言ってきたら、サインしてやるから書類を持ってこい、と指示してやればよいだけの話です。

まともな国ならデモに認可が必要なのは当然だ。勝手にデモ行進をして他人に迷惑をかけるのも自由だというのだろうか。この記事を書いた人や上のコメントを書いた人は、狂ってるとしか言いようがない。

さて、このデモで叫んでいた言葉が紹介されていた。

 日本政府は中国に媚びるな
 中国に媚びる政治家は支持しない
 弱腰外交はやめろ
 拉致被害者を救出しろ

 中国の人権問題から目をそらすな
 首相の五輪出席はやめろ
 人権なくして五輪なし
 長野聖火リレーを忘れないぞ
 我々は助けたい
 チベットを助けろ
 フリーチベット
 ウイグルを助けろ
 フリーウイグル
 内モンゴルを助けろ
 フリー・インナー・モンゴル

 我々は怒っている

 中国に媚びるマスコミはいらない
 長野聖火リレーを忘れないぞ
 日中記者交換協定を撤廃しろ
 マスコミは目をさませ
 我々は見ているぞ
 正しい報道をしろ

 我々は待っている
 日本人よ目を覚まそう
 我々は信じる
 日本を信じる

これをみてまず思い出したのがCNNはチベット人の悪さだけを報道しろ!だった。漢人をバカにしていたら、なんと我々も同じレベルの人間だったと気付かされてしまった。いやはや、恥ずかしい限りだ。

こんなくだらない言葉を叫んでる自分たちが目を覚ますべきだ。遠い外国の弱者の人権を喚く輩その他で散々書いてきたことだが、チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ。

また弱腰外交はやめろなどというのには笑ってしまった。のび太は悪口を言ってるだけではジャイアンに勝てないに書いたのび太そのものだ。

強気になれば問題が解決するとでも思ってるのだろうか。もちろん解決できることもあるが、それには後ろ盾が必要だ。ジャイアンのような拳の強さ、あるいは国力がそれに当たる。

しかし残念ながら我が国にそんな国力はない。正面からぶつかっても吹っ飛ばされるだけだ。

我々に必要なのはうまく立ち回るということだ。韓国では八方美人が褒め言葉で紹介した「きれいごと」で相手のホンネは読めないから引用する。

 イタリアの思想家マキャベリは、『君主論』の中で、次のように述べている。

信義を守って、奸策を弄ろうせず、公明正大に生きることは称賛に値しよう。だが、現実の世界を見ると、信義など露ほども意に介さずに、奸策を用いて相手の頭脳を混乱させる人のほうが、大きな成功を成し遂げている。結局は、ずる賢く立ち回っている人のほうが、信義に基づく人を圧倒できるのだ。

 まさに筆者がいわんとしていることを見事にまとめている。人を心服させたいと思うのなら、信義やら、正義やらを振りかざしていてはダメなのだ。

 日本人は、「うまく立ち回ること」を軽視し、むしろ侮蔑することさえあるのだが、仕事で成功しているビジネスパーソンは、だいたい同じようなテクニックを無意識的に使っているものである。

ただ我が国には遠くのことにしか目に映らない嘘っぽい人間ばかりでなく

フリーチベットも結構だが、沖縄に対しても同じ熱意が本来無ければウソですよ。自国民の人権が毎日蹂躙されても平気なんだから。

というコメントをはじめ、まともな意見もあったので少し安心した。

それにしても「フリーチベット」とか「フリーウイグル」とか「フリー・インナー・モンゴル」というカタカナを使っていて恥ずかしくないのだろうか。「中国に媚びるマスコミはいらない」をもじって言えば「英語に媚びる日本語を使う日本人はいらない」となる。それならいっそのこと英語で叫んだ方が、日本語の歌詞に英語が突然出てくるのと同じ恥ずかしさはあるものの、まだマシだろう。







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posted by 楼主 at 12:18 | Comment(12) | TrackBack(0) | 嗚呼日本
この記事へのコメント
中国では『崇洋媚外』という言葉があります。確かに昔、日本人は中国人よりも『崇洋媚外』だよっていう話をききました。そして、なんて日本人はよく『ジャンプ』を言って、『跳ぶ』を言わないだろうという質問が出てきました。やはりそういうところは『崇洋媚外』でも言えるのでしょうか?でも、日本人は外来語を使うのは全て『崇洋媚外』ではないと、今は気付いてしまいました。むしろいいところだと思います。なぜかと言いますと、国と国は歴史や文化が違いますので、言葉の表現も違うのです。楼主さんも中国語は勘能だと見受けしましたので、さすがに気付いたなのでは?ですから、違う表現の言葉を無理矢理に自分の言葉に変えるとしたら、ややこしいことになるだけだと思います。説明が長くなるか、説明出来ないこともあります、中国語だと『只可意会、不可言伝』ですね。こういうところは、カタカナを使う日本を羨ましいですよ。中国語は無理ですから。カタカナは輸入出来ないです。
Posted by 燃灯古佛 at 2008年07月15日 14:11
本文の身近な人に手を差し伸べるって、簡単なのにできないですよね。
市役所の友好都市の使節団を招待したり、招待されたりするよりも、おにぎり食いたいと死んで行く人に生活保護を!と思ってしまいます。

また国内の交通遺児や犯罪被害者の子、経済的に貧困な子の奨学金制度の充実を図った方が、目に見えて助かるはず。
なのにお金を持っている芸能人は、エイズ啓発だの、カンボジアに小学校を作るだのそんなことばかり。
あと、意味のないホワイトバンドとか・・・

政府も四川の地震に5億なら、岩手にも1億位、あげたらいいのにね。山間部が多いから、激震災害指定なしって。でも、水路とか大変らしいのにね。
私はコンビニのおつり募金なので、偉そうに言う資格はないですが。

ところで、かつては「崇洋媚外」の対象が中国だったんですよね。現代日本語には多くの漢語があふれています。また、平安時代の清少納言は、「白居易の詩をもじったら、お姫様に褒められちゃった!」なんて書いてありますし。

同じ中華圏でも台湾や香港も英語の外来語が、多いですよね。
(香港は仕方ないか。)
台湾ドラマを見ていると、「有feel」(雰囲気がある)とか、「fire」(クビ)とか、使っています。

カタカナは、とにかく外来のものをどんどん取り入れる時にとても便利ですね。だから日本は発展しやすかったと言われています。でも、どんどん原義と離れていくこともしばしば。

ホームぺージって本当は「首頁(トップページ)」の意味しかなかったのに、日本では、ウェブサイトそのものを差すようになったり。
conservative(保守)も、コンサバと略されれば、ファッション用語(クラシカルっぽい意味)。
町工場のアホ経営者が「イノベーション」と叫べば、ただの「なんか新しい製品を開発しろ」の意味。

逆に中国語のコンピューター用語は、よく訳したなぁと感心すると同時に、よく意味の分かっていない私は本質的な意味を二次的に知ることができます。

一方、日本語をカタカナで表記すれば、また違うう意味になることも多いですね。
風俗(風習・習俗の意味もある。)
フーゾク(意味は一つだけ)

行く イク
やる ヤる

台湾の友人は、こういう書きわけの基準がイマイチわからないそうです。
Posted by 西 at 2008年07月15日 16:26
わたしはチベット人にもウイグル人にも同情的です。
中国はチベットへの入植をやめて引き上げるべきだと本気で思っています。同じようにイスラエルはパレスチナの入植地から撤退すべきだと思っています。そう思っている人は世界中にいるので、おなじスローガン「FREE ****」を叫ぶことで連帯気分が味わえるのかも知れません。Mixiの即席デモと世界のリベラル派が実際に連帯するとは思えないけれど、デモに参加することで同じ価値を共有しているような気分になれるのでしょう。
ヨーロッパのリベラルな人でパレスチナ問題に関心のある人は、同じ理屈でチベットにも関心をもつことができます。ところが日本の場合、中東和平に関心のあるヒトと、チベットに関心のあるヒトの思想的な傾向が合致しないような気がします。そこに胡散臭さが感じられます。ぶっちゃけて言うと、日本の即席チベットデモ隊の一部か大部分は「嫌中派」から出発していて、チベットを嫌中の道具として利用しているように思えてしまう。「フリーチベット」と叫ぶ動機が、中国からフリーでない。
そのへんの底の浅さがカタカナの「フリーチベット」に表れるのかなぁ…。
Posted by 森本 at 2008年07月15日 20:37
英語に憧れる日本人という限定的な話ではなく、西欧文化を崇拝するアジア人というのが厳しい現実ですね。

まあ、「フリー・○○」にしても、和製英語として機能していたり、カタカナ英語の利便性も考慮すると、そんなに否定的に捉える必要は無いと思います。

一方で、結婚式やらクリスマス(北米による商業型)をどうして、似ても似つかない西欧チックなやり方で猿真似しようとするのか。

中国人にしても、西欧風の名前をどうして持つ必要があるんですかね。James≠ネんて、あなた方の顔からは想像出来ませんよ。

タイやシンガポールにしても、CMや下着コーナーで目にする、白人のマネキン人形は何でしょうか。

ダメ押しは当の日本人が、「アジア人」と呼ばれることに抵抗があることでしょう。

Posted by porepore at 2008年07月15日 21:44
拉致被害者救出に関して、米国に頼らざる負えない、解決策として軍事を政府から奪っているのが国民だと言う自覚は無いでしょうね。

あくまでも指定解除は米国の国益にかなうかどうかで判断されるもので、それに振り回される、解除されるかどうかに動揺することが日本に救出するための武器がいかに少ないかを物語っていると思えますね。

救出を望むなら、もっと強力な武器を政府に与えなきゃ・・・
Posted by にゃ at 2008年07月15日 22:15
アジア人と呼ばれるのに抵抗ある人って多いんですかね。俺はあまり気にならないんですが・・。
こんな事いうと中韓が怒るかもしれませんが、
俺の中で「アジア代表」みたいな勝手な驕りがあるのかも知れないですね

それと、ことあるごとに思いますが、日本語は討論や演説に、攻撃的な英語と比べ向いてないように思います。
外人の方は、日本語はやわらかく、やさしいという印象があるようですね
youtubeである人が日本語と英語両方で話す動画を見ましたが、話す言語を変えるだけで
人間自体変わってしまったかのようにがらっと印象が変わってしまうのには驚きますね
そこには母国語と勉強で得た言語との違いだけでなく、その言語の性質自体もいくらか影響してるのだと感じます
インパクトのある外国語だからこそ(日本語にインパクトがないわけではないが)、「フリーチベット」と叫ぶ日本人がいるのかも
Posted by 夏 at 2008年07月15日 22:47
 カタカナで「フリー・チベット」と書いたボードでも持っていたのかと思って元スレを見たら、叫んでいたスローガンをスレ主がカタカナで書き出していただけじゃないですか。

 つまり、参加者は「フリー・チベット」ではなく「FREE TIBET」と叫んでいたんじゃないですか? 発音の是非はともかく。

 こういう場で国際的アピールを考えて英語のスローガンを混ぜるのは別におかしなことじゃない。その点では批判したり嘲笑したりするようなこっちゃないでしょう。

 特に
>それならいっそのこと英語で叫んだ方が…まだマシだろう。
なんてのは、いかにも的はずれですね。

 あそこのスレ主については、デモに警察の許可がいることを知って「真の集会の自由がない」とか馬鹿なことを言っているようなアレな人だというのは同意ですけどね。

Posted by たぬき at 2008年07月16日 06:57
>日本人は、「うまく立ち回ること」を軽視し、むしろ侮蔑することさえある

確かにそうですね。
うまく立ち回ることも覚えなければいけませんね。
ただ、『命もいらぬ、名もいらぬ』と言った西郷さんがヒーローになってしまう日本人の国民性を考えると程度問題じゃないかと思います。
みんなでそれを目指しても『永久に追いつけない』可能性だってあるんじゃないでしょうか。
もちろん、日本人にだって策士の才能を持つ人がいるでしょうから、そういう人にはぜひ外務省に入っていただいてw

デモで『フリー・チベット』を言うのは外国人にも判るようにだと思います。
私は日本がもっと中国や韓国に偏らないでアジア全体を重要視してくれればと思います。
中国や朝鮮半島は今のところ何を言っても反日ですけど、他のアジアの国はもっと関与して欲しいのではないでしょうか。
長く掛かるでしょうが、アジア全体の底上げは、長期的には日本のためになると思いますし(西洋中心の世界を変えよ…ヲイ…)、中国や韓国が頭を冷やすのにも役に立つんじゃないかと都合よく考えたりします。
アフリカは中国と欧米のマークがキツイんでどうなんでしょう?
欧米進出のところに教育とインフラを整備していくのがやりやすいんでしょうか。
なんて、果てしなく妄想が膨らみますねw
Posted by K at 2008年07月16日 10:22
核武装を国会で取り上げるだけでも外交力が格段に上がる。
Posted by たま at 2008年07月16日 15:42
 失礼ですが、涎が胸に垂れそうになるほど爆笑させていただきました。

>こんなくだらない言葉を叫んでる自分たちが目を覚ますべきだ。遠い外国の弱者の人権を喚く輩その他で散々書いてきたことだが、チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ。

質問1.貴方ご自身、一体どんな「身の回りにいる人への手助け」を行っているのですか?

 まさか、自分は何もした事がない。ないくせに非難している訳ではありますまい。
 まさか、独裁国家中国のチベット大量虐殺を支持するために「身の回りに入る人への手助け」を持ち出した訳でもありますまい。
 具体的にお答えください。

 貴方の意見は全く奇怪な戯言としか言いようがありません。
 私は、ボランティア活動でお年寄りの皆さんに簡単なパソコンの使用法をお教えしたり、障害者の方の付き添いで映画館や音楽界に同行したり、聴導犬飼育に協力したりといった活動を20年以上に渡って続けています。
 そうした活動の一つとして長野へチベット人虐殺への抗議活動へ行きました。

 ああ、不思議。
貴方の御説によれば「チベット人虐殺抗議活動」を行うと、なんと「身の回りにいる人への手助け」が出来なくなるとの事。
 私は一度もそのような事を感じた事は御座いません。両方とも行っております(というより、貴方のように、何か違いがあるように考えるという事が全く理解できません。寧ろ逆です。私という一個の人格が世界に開示されているだけです)

 貴方は一体どのような場面で「同時に出来ない」とお感じになったのですか。

 さらに。
 私は20年近く「国際NGOプランジャパン」のスポンサーとして旧フォスタープランの時代から活動しております(いってみれば所謂途上国の困窮児童の里親のようなものになる運動です。200万近く使いました)。
 途上国の中には当然中国も含まれております。多くの日本人が「里親」として、中国人困窮児童を助けております。
 貴方の「チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ」なる意見に拠れば、中国人困窮児童を援助する事は「間違った行い」という事になります。
 プランジャパンだけではありません。日本の様々な団体、個人が世界中の(含む日本)の様々な問題を解決しようと努力しています。
 
 質問2.日本人は中国人困窮児童を援助してはいけないのですね。「プランジャパン」の活動は間違いなのですね。
    人(日本人限定か)は他国の問題解決に協力してはいけないのですね。

 先進国17カ国の人々が貧困国49カ国145万人の子供達を支える運動も、貴方の御説では「バカウヨの集団だぁ〜。自分の身近、自分の国の事だけしてろ!」という事になりますね。

 再掲載。貴方のご高説
「>こんなくだらない言葉を叫んでる自分たちが目を覚ますべきだ。遠い外国の弱者の人権を喚く輩その他で散々書いてきたことだが、チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ。」

 大変ユカイな気分にさせて頂きました。
 無論、貴方は私よりは遥かに信じられないほどの超人的なボランティア活動を日々行っておいでなのでしょう。
 質問1、2の答えに大変期待しております。


 「フリーチベット」という「語」への難癖に至っては噴飯物の域を超えていますね(坊主憎けりゃ)。
 当然でしょう。世界的な運動の一端として行動しているのですから。(証拠?馬鹿馬鹿しい。当事者がその意識を語っているのです。それが証拠です)。
 貴方は何としても「日本のバカウヨがチベット虐殺に抗議しているのだ。あれはバカウヨの運動なのだ。一党独裁国家は素晴らしいのだ」と印象操作を行いたいようですが(正面からではこの世界的運動に勝てないので上手く立ち回ってね)、寧ろ「フリーチベット」という語を使っている事によって、「日本vs中国」という観点から、「参加者の意識」が超越している事を示しているのです。
 
 もう少し即物的な事を言えば、そもそも「フリーチベット」という語を音頭とりとして叫んでいるのはチベット人の方々です(長野においてもね)。当然我々支持者が唱和し、またこのスタイルを継承拡大して「フリーチベット」と言うのは当たり前ではありませんか。
 
 フリーチベット運動は特定の主義主張の団体の活動ではありません。残念でした。
Posted by 呆れた at 2008年07月19日 08:53
 (何と続きですw)
 「沖縄」を持ち出してきたに至っては、醜悪を通り越して滑稽です(「沖縄という遠い地方の人権問題を喚いている」のではないですよね。日本人全員は沖縄に住んでいるんですよね)。

 質問3.貴方はどう沖縄の問題に取り組んでいるのですか。
 私の考えによれば貴方と貴方のお仲間は沖縄の方々に謝罪した方が良いでしょう。「沖縄」をチベット人大量虐殺の免罪符として、ただのオイシイ道具として利用しているのですから。

 沖縄が今恐るべき米軍と日本政府の人権侵害(大量の虐殺?)に直面していると御主張なさるのなら、貴方が行動すれば良いだけの話です。それだけの事です。

 倫理上の問題は全て「私は何をするか」です。

 貴方(と貴方の同調者)は誰かを非難したいだけです。
 貴方は善行を為したいのではない。
 だから貴方は非難しかしない。

 ある思想を持てば(つまりその視点から他者の行動を非難すれば)、道徳的上位に立てるという考えは病んでいます。 

 「フリーチベット」運動に右翼の方が参加されようが左翼の方が参加されようが、私は問題にしません。
 ウヨク(サヨク)が間違っているのなら、自分がそうならなければ良いだけです。

 どうも貴方は、「自由な運動」「友愛と協働」という概念が理解できていないようです。「単一の団体が単一の理念に基づき中央の決定した通りロボットのごとく行動する」という運動しか御理解いただけないのでしょう。流石に一党独裁国家を支持なさるだけの事はあります。だから、「フリーチベット」の運動もそのようにしか捉えられないのです(ウヨクが参加しているぞ、故にあれはウヨクの運動だぁ〜)。

 かわいそうに。

 貴方の政治信念(人生訓かな)は「我々に必要なのはうまく立ち回るということだ」ですか。またまた大笑いさせて頂きました。
 つまり、このブログに記されている事は貴方と貴方のお仲間が「うまく立ち回ろうとしている」文章が載っているのですね。
 いやはや、ご立派。
 成る程、ボランティア活動一つした事がない人間が「フリーチベット」運動を妨害している実態がよく分りました。


 何でも良いから、貴方はすべきです。善行を為しなさい。
Posted by 呆れた at 2008年07月19日 08:55
フリーチベット上等でしょ。

 ブログ主さんは、FreeTibetと叫ぶことが英語に阿っているように見えるらしいが、海外でそういう掛け声が使われているのだから、それをそのまま使った方が意味が通じやすいので、必要な文言であろう。

 チベット旗を掲げて「Free Tibet」と叫んでいれば、その映像がyoutubeに上げられた時に、見た人間に何を訴えたいか判りやすい。発音が下手だろうが英語圏の人間に対して、日本でもチベット関連の運動があるということを訴えるには、その文言を使うべきなのだ。

 「Free Tibet」と叫ぶのが英語への劣等感の証左なら、長野でフリーチベット運動に対抗して集結した中国人が対抗して、「One china」と叫んでいたのは、中国人の英語に対する劣等感と見なす事が出来る。

 また、日本に概念が無かったり、代用に足る語彙が無ければ当面片仮名表記で代用し、必要に応じて言い換えしていくのが、日本人の現在の外来語への対処の仕方になっているが、それはそれで良いと思う。
 そうやってこなれた訳語が、現在の中国語朝鮮語に大量に採用され、政治経済学術用語の大半が和製漢語であるという現状である。嫌なら韓国のように言い換えをやればよかろう。もっとも、韓国の試みは、頓挫してばかりであるが。

韓国はこんなことをしてる
「建設用語を韓国語に」 日本語の“建設俗語”を清算
http://www.chosunonline.com/article/20050929000031
Posted by F4Phantom at 2008年07月19日 19:07
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