しかし、その北島よりも大きな感動を与えてくれた人たちがいる。バドミントンの末綱・前田ペアだ。
スポーツ競技には実力が結果にそのまま反映されやすいものと、そうでないものがある。そしてバドミントンは、ほぼ実力=結果という競技の代表格だ。
同じくラケットを使うテニスでは、1セットが細かいゲームに分けれるので、4点取れば1ゲーム獲得できる。ここでは運が大きなキーとなりうる。なにしろ運良く2点でも取ればもうゴールまで半分、となるのだから。
卓球はテニスほどではないにしろ、運の重みはバドミントンより大きい。1セットは11ポイントしかないので、例えばネットインで得点が3回あれば3/11、つまりゴールまで約3割走ったことになるのだ。
極端な例を挙げると、卓球が1ポイント制になれば、我輩でも福原愛に勝てる可能性がある。サーブでエッジに当たってそのままゲームセット、あるいはレシーブでネットにあたってそのままゲームセット、ということが起こるかもしれないからだ。ところがこれが100ポイント制になれば、もうお手上げだ。これはもう実力通りとならざるを得ない。
バドミントンは21ポイント制だ。ネットインで得点が3回あったとしても3/21、つまり1割ちょっとにしかならない。つまり運よりも実力がそのまま結果に反映されやすいことになる。
そして末綱・前田ペアが相手にしたのは、世界ランキングナンバーワンの中国ペアだった。1セット目の結果が実力の差だと言っていい。
ところが、中国ペアは勝負事でしてはいけないことをしてしまった。それは「敵を甘く見る」ということだ。
そのため2セット目で意外にも競り合いになった時、中国ペアは自分の手をうまくコントロールすることができなくなった。この状態を中国の中国語では「手緊」つまり「手が硬くなる=手が強張ってしまう」と形容し、台湾の中国語では「手軟」つまり「手が軟らかくなる=手にうまく力が入らない」と表現する。字面だけ見ると全く反対のことを表しているように見えるが、実は同じことである。
バドミントンの試合でこの状態になってしまうと、もう普段の実力を発揮することができなくなる。そしてその結果、末綱・前田ペアはなんと守りで世界ランキングナンバーワンのペアに勝ってしまった。
これほどの番狂わせはなかなか見られるものではない。前回アテネオリンピックの射撃で、金メダルを目前にした選手が、なんと隣の的を撃ってしまい、中国選手に金メダルが牡丹餅のように転がり込んできたが、あれに匹敵するほどの番狂わせである。ちなみにこの中国選手は北京で連覇することができず、銀メダルに終わった。
末綱・前田ペアは決勝戦あるいは3位決定戦で、また中国ペアに当たることになる。二度の番狂わせはなかなかできるものではないので、ぜひ決勝にまで行ってメダルを取ってほしい。
中国についてなにかを感じたら
中国語で「殺球」というのは「スマッシュ」のことを表す。そしてバドミントンの試合で、応援する選手がスマッシュするタイミングに合わせて「殺」と叫ぶのは珍しい光景ではない。これは「殺せ」ということではなく「スマッシュ(で得点しろ)」ということだ。英語の「kill」にも同じ使い方があることも覚えておこう。
言いたい事は分かりますが、テニス好きな私としては「運の要素が強い」という例としてテニスを出すのはやめて欲しかったです(笑)
草テニスの予選トーナメントなら1セットマッチもありますが、普通は3セットマッチもしくは5セットマッチなので、試合に勝つために必要なポイントはバドミントンより多くなりますよ。
テニスでは15,30,40,ゲームと4ポイントで1ゲーム獲得となるので、これを使って極端な例を挙げてみる。
4:0
3:4
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42:24
一人は42ポイント獲得していて、もう一人は24ポイント獲得している。これがバスケットボールなら大きな得点差とみなされるが、この二人はこれからタイブレイク、つまり同一線上に並んでいて、1セット目の結果すら出ていないことになる。
これがバドミントンと同じように1セット21ポイント制だったとしたらどうなるか。
21:12
21:12
となり、すでに試合が終わっている。
4:0
3:5
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3:5
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4:0
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42:30
テニスなら6ゲーム対6ゲームでタイブレイク。
卓球なら11:5,12:10,12:10で試合終了、さらに二試合目が7:5。
バドミントンなら21:15,21:15で試合終了。
----引用----
極端な例を挙げると、卓球が1ポイント制になれば、我輩でも福原愛に勝てる可能性がある。サーブでエッジに当たってそのままゲームセット、あるいはレシーブでネットにあたってそのままゲームセット、ということが起こるかもしれないからだ。ところがこれが100ポイント制になれば、もうお手上げだ。これはもう実力通りとならざるを得ない。
バドミントンは21ポイント制だ。ネットインで得点が3回あったとしても3/21、つまり1割ちょっとにしかならない。つまり運よりも実力がそのまま結果に反映されやすいことになる。
----引用おわり----
から、「試合を決定するために必要なポイント数が多いスポーツの方が、運よりも実力が反映されやすい」という主張だと思ったんですが、違うのですか?
楼主さんの挙げた例だと、テニスの「1セット」分すら終わらないポイント数で、バドミントンは試合が終わっているようですが。
また、もしこの「極端な例」をもって「これほど安定しないスコア(どちらかがものすごくラッキー)でも試合として成立しているのだ」と言いたいのなら、恣意的な例を単純にポイント換算してるだけなので意味ないですよ。
テニスでの「極端な例」とバドミントンとを内容的に同等とするなら、「第1ゲーム20:20でこれからどうなるか」以上の内容にはならないですから。
>「試合を決定するために必要なポイント数が多いスポーツの方が、運よりも実力が反映されやすい」という主張だと思ったんですが、違うのですか?
間違ってはいないが、半分しか当たっていない。
>楼主さんの挙げた例だと、テニスの「1セット」分すら終わらないポイント数で、バドミントンは試合が終わっているようですが。
その通りだ。これほどの実力の差がある状態でも、テニスではそれが反映されていないということだ。なにしろ42:30という大差でもゲームカウントは同じなのだから。
説明するために、日本人にはなじみが深い野球を例に挙げよう。野球では延長戦にならない限り、9イニングのポイントの累計で勝負が決まる。この場合、1イニング目に獲得した1ポイントと9イニング目に獲得した1ポイントは同じ重みをもつ。
これを例えば9ゲーム制にすると、1ポイントの重みが違ってくることに気付くだろう。
例えば1イニング目の双方のポイントが1:0で、2イニング目の双方のポイントが1:2だった場合を考えてほしい。1イニング目の1ポイントは1ゲームを獲得する上で大きな重みをもつが、2イニング目の1ポイントには何の価値もなくなる。同じ1ポイントだが、ポイントに格差があるということだ。
>テニスでの「極端な例」とバドミントンとを内容的に同等とするなら、「第1ゲーム20:20でこれからどうなるか」以上の内容にはならないですから。
試合全体ではなく、1セットの中でという範囲で考えると、テニスでは42:30という大差でもタイブレイクになりうるが、バドミントンでは20:20という同じポイント数でしかデュースになりえない。
政治の世界では一票の格差が問題になることがあるが、試合をセットに分け、セットをさらにゲームに分けているテニスでは、1ポイントの格差をわざと大きく設定しているということだ。
テニスからゲームさらにセットという制度を取り除いて、野球のように全ての得点の累計で勝負が決まるとなると、実力の差が如実に表れすぎてつまらない競技になってしまうだろう。
卓球のルールは、基本的に中国選手とその他の国の選手との差をできるだけ小さくする方向で変更されてきている。1セット21ポイントから、1セット11ポイントに変更されたのもこの流れに沿ってのものだ。この方が実力の差が縮まるということだ。
中国人って本当に卑劣な人種だね。
今回で最後の五輪の選手もいるのに。
北京と韓国以外ならどこでも良かったけど、
五輪は4年に1度しかないのに北京に当たっちゃって選手がかわいそうで仕方ない。