2008年08月24日

日本の新聞社

ド近眼オヤジの近眼の主張というブログにある中国語の競技名から引っ張る。

鉄餅  -->  円盤投げ
円盤は餅なのですね。
東日本の四角い餅ではなく、西日本の丸い餅なのでしょう。

これをみて、漢人が難癖をつけた「進出」という言葉を思い出した。

「日本軍が中国に進出した」という日本語の表現を「日本軍が中国に入ってすぐに出て行った」と中国語で曲解し、ほらみたことか、日本人は中国を侵略したことをいまだに認めていないじゃないかと難癖をつけたあれである。

ちなみに中国語では「進口」が「輸入」で「出口」が「輸出」を表し、二つをまとめて「進出口」というのは「輸出入」ということになる。「進出口」という言葉に見慣れていると日本語にある「進出」も「入ったり出たり」というように思えるのだろう。ただしこの場合、中国語で日本語の意味を勝手に解釈しても通じない。

実は上にある「円盤は餅なのですね」というのも同じ轍を踏んでいる。中国語の「餅」は日本語の「餅」とは全く違うものだ。中国語がわからなくても辞書を引くことぐらいできそうなものだが。ちなみにこれがその結果だ。

さて、次に挙げるのは少なくとも辞書で意味を調べたという例だ。しかし感心しないという点では上の例と変わりがない。

やかましい発言、文脈上「詳しい」ではない― 専門家という記事にこうあった。

杉村さんは、太田氏の発言の文脈を考えると、「詳しい」という意味には受け取りにくいという。「例えば『漫画にやかましい』なら、詳しいという意味に取れなくもないが、『国民が』の後に続けば、口うるさいと取るでしょう」

ごもっともな分析だ。我輩も口うるさいという意味だと思う。

ただし、口うるさいという意味で使われていたとしても何の問題もない。

かなろぐのうるさい=詳しい、こだわり。問題ある?から引っ張る。

百歩譲って「やかましい=うるさい」という否定的な意味で使ったとして考えた場合、五月蠅い、喧しい消費者がいる為に食の安全が守られていると解されるワケで、これこそ民主主義国家の証だわなw。

全くその通りだ。

うるさい=詳しい、こだわり。問題ある?には件の発言の前後を紹介したビデオクリップと、それを文字に起こしたものがあるのでぜひ自分で判断してほしい。

タイトルに、わざわざ「文脈」という言葉を使って、いかにも件の発言に問題ありという印象を植え付けたいようだが、語と語の関連ではなく、文と文の関連という、より大きな「文脈」でみれば、口うるさいという意味で使われていても全く問題ないことが明らかだ。

かなさんの結論は

つまり、単なる言葉狩りだよね。

であり、我輩も同意見だ。

嫌中教育の現場で産経新聞の記者が中国に対する印象操作をしていることを紹介したが、今回の言葉狩りは朝日新聞の記事だ。

なんだか情けなくなってくるが、これらの記事が我が国の報道記事の中では例外的存在であることを祈りたい。







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posted by 楼主 at 11:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼日本
この記事へのコメント
私はこの発言(五月蝿い消費者)から、本心では
「本当はそんなこと(食の安全)なんてどうでもいい」
と思っているような印象を受け
言葉尻よりもその態度の方が問題だと思いました。

ホンネはそういうちょっとした一言に表れるものです。
その「五月蝿い消費者」がいなかったら何もしたくなかったわけでしょう。
そういうのが国の大臣であるという時点で非常に嘆かわしいのですが
これも国民のレベルを反映しているのでしょうね……

自分の本職の分野の記事を見ていても
新聞記者のレベルは確実に落ちていると思います。
Posted by SooJeong at 2008年08月24日 19:23
SooJeongさん
>その「五月蝿い消費者」がいなかったら何もしたくなかったわけでしょう。
我輩は少し見る角度が違い、「五月蝿い消費者」の存在と何もしたくない人さえも動かせる社会が素晴らしいと感じる。

大臣甲:何もしたくないが仕方なくやっている。
大臣乙:何かをしたいが何もできないでいる。

実際問題としてどちらがマシだろうか。我輩は大臣甲のほうがマシだと考える。

特に中国で暮らしていると、うらやましく感じるほどだ。

輝かしい憲法第九条の精神
http://chinabbs.blog40.fc2.com/blog-entry-1206.html
に書いたことを引っ張る。

漢人社会はお互いに信用していない社会の一例だ。ある有名チェーン店が、汚いトイレでケーキを作っていたことが明らかになったが、そのチェーン店の信用が失墜したなんてことはなく、今でも人気を博している。初めから信用なんてないのだから、失墜のしようがない。大きな視点で見れば、論語というモラルで社会を安定させようと2000年ほどやったが失敗に終わった中国の歴史を見れば明らかだろう。

製造年月日の偽造が問題になる社会で暮らしている日本人にとっては想像するのさえ難しいかもしれないが、漢人社会で貸した金が返ってこない場合、白い目で見られるのは貸した側だ。よく読んでほしい、白い目で見られるのは借りた側でなく貸した側だ。この理由は「他人なんて信用できないのが当然なんだから、他人を信用して金を貸したお前がバカだ」ということだ。ここではモラルは機能しない。
Posted by 楼主 at 2008年08月24日 19:53
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