2006年12月24日

【注意】「西洋の伝統であるクリスマス」は祝うべきでない

我輩は全く知らなかったのだが、イーホームズ代表取締役の藤田東吾という人が、耐震強度偽装問題で行政を相手にがんばっている、というような記事を見かけて、YouTubeでもクリップを観てみた。イーホームズという会社は形式的に残っているだけで実体はないようだが、この会社はもともと耐震強度検査をしていたとも書かれていて、なんだか訳が分からなくなった。そこで全体像をつかむために検索してみたが、<偽装計算書問題>藤田東吾はなぜここまで被害者面ができるのか?に最も説得力があった。ま、自分の過去を反省して告発運動を始めたというならそれはそれで立派なことので、まずは反省することから始めていただきたい。

さて、今回の元スレはここだ。昔はクリスマス自体を知っている人があまりいなかったが、最近はものすごい騒ぎだ。

「【注意】『西洋の伝統であるクリスマス』は祝っちゃだめだよ!

12月25日はいわゆる『西洋の伝統であるクリスマス』だけど、みんな注意して!!!
『中国の若者がどんどんクリスマスを祝うようになってきている』状況について、北京大学、清華大学、中国政法大学、中国人民大学、武漢大学、南開大学、中山大学、北京師範大学と中国科学院などの有名な学校や科学技術研究組織に属する十人の哲学あるいは教育学の博士が合同署名による提唱書を発表し、ネチズンに自粛を求めた。
博士たちは、キリスト教徒はクリスマスを過ごしてもかまわず、普通の人もクリスマスを過ごす『自由』があるが、『ほとんどの中国人が西洋のクリスマス文化を全く知らない状況で、なにも考えずにクリスマスという言葉を使い、あまつさえなんの意識もなく大騒ぎに加わっている』。これは『中国人が文化的に集団無自覚に陥っている』現象で、その根本的な原因は『中国文化の主位性の欠陥と主体性の陥落』だとしている。

嗚呼、ようやく力をつけてきた祖国と人民は、もうがんばって自分の力で立ち上がらなくてもよくなったんだね、中国伝統のお祭りが西洋のお祭りに押しのけられても大丈夫なんだから、これこそ文化の自堕落と卑下の表れだよ;私たちは劣等な文明でないと宣告しなきゃだめだよ、だって文化の特色は優劣を決めるものじゃないから、西洋文明を努力して吸収するのと同時に、私たちも自分の民族のものを押し出すべきなんだよ、当時は大漢文化(楼主注:原文のまま)と礼儀をアジア各国に広めたのに、今はどうして自分に自信がなくなっちゃったの?5000年(楼主注:原文のまま)の文明と文化、13億の人口のお祭りを引き継いでいくことが、このままうずもれていくか、または永遠に東方のこの960万平方キロメートルの土地で死亡を宣告されるまで徐々に力を失っていくって言うの?」
ヒステリックで支離滅裂な感じが、翻訳からも読み取っていただけるだろうか。突っ込みどころが多すぎてどうしていいやら分からないほどなので、一つだけにとどめておこう。
今年は2006年だが、これはなにを根拠として2006年かというと、むかし学校で習ったA.D.ということになる。これを中国ナンバーワンを誇る百度の辞書で調べると
省略形
1. =Anno Domini (=in the year of our Lord) 【ラテン語】西暦...年(元の意味は主の紀年)
とあった。この反対はもちろんB.C.でこれがBefore Christだということはよく知られている。
つまり、2006年という数え方を採用した時点で西洋文化に頭を押さえつけられているのだ。それをいまさらクリスマスという末節に文句を言っても仕方がない。反対するなら西暦の採用に反対しなさい。誰にも相手にされないと思うが。いや、ひょっとすると共産党から国の秩序を乱そうと企んでいる、などとかまってもらえるかもしれん。


「最近の若者はクリスマスといっても消費を増やしに行くだけ。それだけ。」

「上の人 ビンゴ  私には西洋のお祭りなんて関係ないよ」

「どうやって祝うかがポイント、たいていは友達とか、恋人とかで一緒にいられる機会を作るってことだから、いいんじゃないかな」

「無視してるよ」

「商業的なひっかけだよ、ガキは騙されてるけどね~~」





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posted by 楼主 at 21:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | 妄想
この記事へのコメント
私の頭が悪いのでしょうか?結局クリスマスをどうしたいのかさっぱりわかりません。
サンタさんがなんか気の毒。
Posted by jun at 2006年12月24日 23:44
赤い服のサンタさんはコカ・コーラ社製だそうで、割と新しいんですよね。
毎年フィンランドからサンタクロースがやってくるのでフィンランドが発祥かと思っていたら、トルコだという話もあり、よくわからないけど年に1度、世界中の人と思いやりの心を発揮しあうような行事として定着するのなら、悪くないなーと思うんです。

> =Anno Domini (=in the year of our Lord) 【ラテン語】西暦...年(元の意味は主の紀年)
インドネシアの独立宣言が日本の皇紀で書かれているのを知ったのは今年でした。『西暦』という西洋の枠の中で生きていることを改めて感じました。
縄文人が獣のような原始人ではなく、高度な文化を持った人たちだったというのを知ったのは去年のことでしたが、いろんなことを知るに付け、私の中で『日本』の株は急上昇です。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog134.html
どこの国の人でも自国の歴史に立派なところを見つけるのは誇らしく嬉しいことでしょうけど、中国や韓国の場合、少し方向が(その先が?)違うみたいですよね。
あぁ、今年も残り1週間です。
Posted by K at 2006年12月25日 10:46
なんだか韓国人みたいなこと言ってますね。支離滅裂な所もそっくり。韓国では珍しくないこのタイプが、中国では相手にされないのはホッとします(笑)。
Posted by keta at 2006年12月25日 17:14
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