>岩波文庫に収録されている全訳版の西遊記を読みましたが、三蔵法師は、とにかくよく泣きます。あんだけメソメソしてたら、映像的には三蔵法師を女性に演じさせたくなる演出家の気持ちは良くわかります。
なるほど、実際の玄奘は意志が強く、簡単には泣きそうもないが、御伽噺である西遊記では孫悟空の引き立て役に貶められている、と。
そうそう、いまさら気づいたが、中国では「玄奘(法師)」と呼ばれるのが普通で、「唐三蔵」やら「三蔵法師」という呼び名はマイナーだ。
さて、今回の元スレはここだ。適宜段落わけをしつつ紹介しよう。
「ある日のお昼のこと、ごみ拾いをして生計を立てている女性が、拾ったごみを換金して、三輪車をこぎつつ来た道を戻っていくと、人通りがない小道に差し掛かったとき、道の角から追いはぎがあらわれました。
この追いはぎは手にナイフを持っていて、そのナイフを女性の胸に当てると、お金を全部出せと怒鳴りつけました。女性は驚きのあまり、身動きもできないようでした。それをみた追いはぎが、女性のポケットからビニール袋を探り出すと、そこにはお札が入っていました。
追いはぎがお金を奪い、逃げ去ろうとしたそのとき、女性はようやく我に返り、おいはぎにすぐに追いつくと、ビニール袋を奪い返しました。
追いはぎはナイフを女性に差し向け、手を離せと脅しました。しかし女性は両手でお金の入ったビニール袋をしっかりつかんだまま、どうしても手を離しませんでした。
女性は必死にビニール袋をつかみつつ、大声で叫ぶと、その近くに住んでいる人たちがそれを聞きつけ、みんなで追いはぎを取り押さえました。
みんなで追いはぎを派出所まで連れて行くと、警官が手続きを始めました。尋問の際、追いはぎはすべての事実を認めました。一方、女性は立ったまま震えていて、顔には冷や汗が流れていました。
警官が『もう怖がらなくても大丈夫ですよ。』というと、女性は『指を折られたようで、とても痛いんです。』と答えました。そして右手を上げると、人差し指がブランとしていることにみんなが気づきました。
指が折られてさえもお金の入った袋から手を離さなかったということは、相当な金額が入っていたということでしょう。
ところが警官がビニール袋を開けてみると、そこにいた人たちは言葉を失ってしまいました。中にはたったの8.5元しか入っていなかったのです。しかも全部が一角や二角(楼主注:一角は0.1元、つまり10角=1元。)札でした。
わずか8.5元のために、一人は指を骨折し、もう一人は犯罪者となってしまったのです。まったく割に合わないことです。そしてこの話はあっという間に町中に広まりました。
警官は不思議に思いました。いったいどうしてこの女性は、指を折られるという痛みを我慢してまで、わずか8.5元にこだわったのだろうか、と。そしてその原因を突き止めようと決心しました。
そこで女性を病院に連れて行き、治療してもらったあと、答えを見つけるために、女性のあとをつけました。
驚いたことに、女性は病院から出てくると、果物を売っている屋台で果物を選び出し、それも真剣に果物を選んでいました。女性は8.5元で梨、りんご、みかん、バナナ、イチゴを一つずつ、サトウキビを切った物など、屋台で売っている果物をすべて一つずつ選び出し、8.5元を残すところなく使ってしまいました。
それを見た警官は驚きました。自分の指を犠牲にしてまで守った8.5元というのは、単に果物が食べたかったからなのか、と。
女性は買った果物を手に取ると、町を離れ、郊外にある公共墓地へとやってきました。女性はちょっと離れた場所にやってくると、そこには作られたばかりのお墓がありました。女性はそのお墓の前に立つと、ずっとそのままでいましたが、表情には慰めの笑顔が湧き上がっているかのようでした。
女性は果物の入った袋を墓碑の前に供えると『息子よ、母ちゃんはお前に申し訳がたたないね。母ちゃんが役立たずなせいで、お前の病気を治してやることができずに、13歳になったばかりのお前を死なせてしまったね。お前はまだ覚えてるかい?お前が死ぬ間際に、お前に何か望みがないかと聞いたら、お前は腐りかけてないまともな果物を食べたことがないから、きれいな果物を一つ食べられたらいいな、と答えたよね。母ちゃんは自分が情けなかったよ、お前の最後の望みすらかなえてやれなかったんだから。当時は、お前の病気の治療代のために、もう果物を買うお金すら残ってなかったんだよ。でもね、昨日やっと、人様に貸してもらったお金を全部返すことができてね。そして今日また8.5元稼いだから、母ちゃんは果物を買ってこれたよ。ほら、みかん、梨、りんご、それにバナナまであるよ……みんなきれいな果物だよ。母ちゃんが買ってきたまともな果物だよ、腐りかけてるところなんて一つもないんだよ。母ちゃんが一つ一つ選んできたから、ゆっくりお食べ。息子よ、きれいな果物を味わっておくれ……』」
中国についてなにかを感じたら
お墓に向かって実際に声を出して話しかけている人は
たぶん居ないんじゃないかと思います。
作り話っぽいのは分かってるよ
けど、こんな現実は幾らでも世の中に転がってるわけで…
墓参りってのは、逝った人との繋がりを確かめに行くってことだし。
ドラマやアニメでもよくあるシーンだぞ。