「広州の駅員に大声で怒鳴りつけられた 『私は教養がないけど、でも高給取りなのよ!』と
私たちを震え上がらせる旧正月の人民大移動プロジェクトがまもなく始まります、1月18日から、全国の鉄道で2008年バージョンの旧正月の人民大移動プロジェクトが発動されました。これが意味することは、今年の旧正月の人民大移動プロジェクトが春節の15日前から21日前へと前倒しされ、また春節のあと21日まで続くことになり、1月23日から始まる全国人民移動プロジェクトよりも6日早いことになります。
旧正月の鉄道人民移動プロジェクトに実名登録制度が取り入れられることを期待するのは無理なので、また予約ホットラインがずっと話し中でつながらないのは当たり前なので、そしてまたダフ屋に私が買いたい切符を買い占められてしまいそうなので、今日は朝早く起きて、わざわざ広州東駅の切符売場に六日後に実家に帰るための切符を買いに行きました。今日は十九日で、六日後はつまり二十四日です。
広州東駅の切符売場に到着した時にはもう十一時でした、私が買いたい切符は重慶北行きで、13番の窓口で買うようにと指定されていました。並んでる行列が前に進むあのスピードといったら、椅子をもってこなかったことを後悔するのに充分でした。窓口まで私の前に六人と迫ったとき(焦っていたので、まだ十数人いた時点で、一人一人数えていました)駅員が切符売りを中断して、『食事中』という立て札を置きました。私の前にいた人たちは私よりもあわてた様子で、自分の順番が目の前に迫っているのにどうして売ってくれないのか、自分の切符だけは売ってから食事に行ってくれと言っていましたが、駅員はそれを無視して(もちろん、駅員だって食事は必要なので、仕方がありません)14番窓口を指差し、その意味するところは待つのがいやだったら十四番窓口に行けということでしたので、見てみると、14番窓口には人がほとんど並んでいなかったので、すかさずそちらに並びました。私の前には五六人といった感じで、二人のガイジンもいて、背の高い二人が目の前にそびえていました。そしてはっきりと覚えているのは、この二人のガイジンの順番が回ってきたとき、窓口から女性の声で『sleep or seat』と聞こえてきて、これは寝台車両か普通車両かという意味です。私は心の中で笑っていましたが、その時もう一人の駅員がやってきて、外国人のお手伝いをしようといった感じで、(漢人の中には、ガイジンだけ特別扱いする人がいるんですよね)お釣りを返す時も、一枚一枚手渡し、一言一言丁寧に繰り返していて、態度はありきたりではありませんでした。
ようやく私の前の人の順番になって、二十四日の切符を二枚(目的地は忘れました)と言うと、中からは『二十四日のはありません』と返ってきました。それから『二十三日のはありませんか?』と聞いたとき、駅員の携帯が鳴りだし、彼女は携帯に出ると(広州語ではない方言でした)、何やらキーボードをかちゃかちゃやりだし、私の前の人の質問には答えませんでした。私の前の人もすぐに電話をかけ、二十四日の切符はないから、二十三日でもいいかと聞いていました。それから電話を切り、二百元を手渡しながら、『それじゃ二十三日のをください』と言いました。すると駅員は『二十三日のはないって言ったでしょ、二十二日のしかないのよ、買うの買わないの?』といいながら携帯は首の横に挟んだままでした。私の前の人は仕方なくまた電話を取り出して確認していました。私はその後ろでこのやり取りを見ていましたが、この二人がのらりくらりとやっているのを見て、待ち切れなくなりました。そしてたまらず、『早くしてちょうだいよ、しっかり確認してから切符を買いなさいよ。電話でやり取りする時間なんてないのよ!』と言いました(みなさん、一時間以上も待たされて、もう間もなく自分の順番が回ってくるという時に、前の人が電話でのんべんだらりとやり取りをしていたら、我慢できなくなる気持ちも、わかってください)。すると、駅員は自分が文句を言われたのだと勘違いしたようで、すぐに電話を切り、私を睨みつけました。私はとっくにその駅員がプライベートな電話をしていることはわかっていましたし、私の後ろに並んでいる人たちも分かっていたはずですが、でも私たちは心の中で怒りを抑えていることしかできず、私が文句を言ったのも私の前でのたのたしていた人に向けてのもので、あの駅員に対しては不満の気持をもつことさえできなかったのです。私の前の人は文句を言わず、私に先に買うように促しましたが、私は何も言っていないのに、あの駅員は『全部売り切れ』と言い出しました。私はどこに行くかもいってないのですよ?それで『環化まで』と言いました。
『ないって言ったらないのよ。』
『六日前から売り出すんじゃないの?二十四日のをください。』
『今から二十四日までずっと全部売り切れなの。』(その後に分かったことは、指定席なしの切符と高級寝台列車の切符があったのです)私は怒りで目の前が真っ暗になりました、立場を利用してこちらをいじめてるのです。こっちは下出に出てるのに。
私の後ろにいた人たちは笑っていました、みんなは私があの駅員にいじめられているとわかっていたのです。悔しかったのですが、しかたなく窓口を離れました、後ろにはたくさんの人が順番を待っているのですから、でもその時、あの駅員が広州語で『このクソ女、バカもいいところだよ』といっているのが聞こえました。
私の怒りは火に出会ったかのように、一気に燃え上がりました。どうしてそんな汚い言葉を使うのかとききただしました。駅員は馬鹿にした表情で『私が何と言ったっていうの?広州語なんかわからないでしょ?』と言いました。確かに私は標準語で話しました、もともと標準語を使っているのだから、でもあなたは広州語でそんな事を言うのは良くないでしょ。あの駅員の話し方、態度、本当に頭にきました、もしガラスが遮っていなかったら、顔をひっぱたいていたところです。あの時『差別』という二文字がこれまでのどの時よりも強く私の頭に浮かんできました。彼女を批判したかったわけではなく、彼女がプライベートの電話をしていたとしても、私は何も言えず、私は切符を買いに来たお客にすぎず、しかもしっかり行列に並んでいたのに、一時間以上も待った挙句、切符があるかどうかさえ聞いてもらえず、しかも態度が悪劣極まりなかったので、私もこう言い返してやりました『教養のかけらもないのね』と。そして、そのまま立ち去ろうとすると、あの駅員はガラス越しにこう叫んだのです、『そうよ私は教養なんてないわよ、でも高給取りなのよ、いまさらわかっても遅いんだよ!!!』と。ガラスを通して見えたあの威張りくさった顔は、醜くまた汚いものでした。
そうですよね、教養がなくったって、窓口の中に座っていれば、行列に並んでる人たちよりも階級が上なんです。私たちは窓口の向こう側の人がこっちを見もせずに話をすることに慣れてしまっています、相手を怒らせないように言葉に気をつけ、それから大声で文句を言われるのに慣れてしまっています、お金を支払って最低なサービスを購入することに慣れてしまったいます、それはまるでハエを食べてしまったかのように気持ちが悪くても、列車がどれほど汚くても、旧正月の人民大移動の時期ともなれば、実家に帰るため、押しくらまんじゅうをもいとわず、切符がどれほど買いにくくても、寒い中を外で待ち続けて切符を買い、予定よりどれだけ前もって買おうとしても、一枚も残ってなく、政府がどれだけダフ屋を取り締まろうとも、毎年実家に帰る時にはダフ屋から切符を買うはめになり、どれほど人民が希望する声が高まっても、鉄道局は実名登録性を採用することはあり得ないのです。
あの声を聞いてください、『私は教養がないけど、でも高給取りなのよ』。。。。。。。」
まだ開放政策がとられていなかった頃、たとえばお土産屋に行って何か質問しようとしても、店員は集まっておしゃべりしているだけで、こちらには見向きもしてくれなかった。あのころは、仕事をしてもしなくても給料が同じだという共産主義のせいだと思っていたが、我輩もまだ若かった。これは単に漢人の本性にすぎず、いまだにホテルでも空港でも、いつでもどこでもこのスレ主と同じようにいやな目に逢うことができるのだ。
中国についてなにかを感じたら
日本のサービスはスゴイ。
共産主義のせいじゃなく、本性…。
近代文明が根付かないはずですねぇ。
一方では日本では絶対にありえない特別扱いもありますね。 これも諸外国では有りうる話。
諸外国より酷いと感じるのは、意地悪文化、仕返し文化を感じるときですね。
「我慢しなさい」「仕返しなんかするんじゃありません」「意地悪するんじゃありません」などと躾けられないのでしょう。