「がったり!ジェット・リーがダライ・ラマと密会していた!

ジェット・リー、この誰もが知っている名前、子供の頃のアイドル、全国武術大会の五年連続チャンピオン、当時武術に打ち込んでいた私は彼を崇拝していました。
ジェット・リーはその後西安からやってきた趙長軍にチャンピオンの座を奪われましたが、映画《少林寺》が放映されるにつれて、ジェット・リーはまたみんなの前に戻ってきて、このころの彼は、全国武術大会のチャンピオンという栄光の輪以外に、中国映画界の輝ける新星でもあり、たくましく、賢く、そしてゆったりとしていて、ハリウッドでの成功は、十数億の漢人にとって素晴らしい男性そして事業に成功することの象徴でもあった。
ジェット・リーがあまり順調ではないようだった婚姻を抱えていても、映画監督としての事業がうまくいかなくても、彼が創立した基金にも大きな疑いがもたれても、善良な漢人は依然としてこのアイドルを尊重し、大多数の人と同じく、私も彼に好意をもち彼のために祈っていて、より大きな成功をおさめ、中国の武術と中国の映画を人々に知らしめ、彼の基金が国家と社会により大きな貢献ができるよう祈っていました。
しかし、ネット上でこのような写真を見かけました、これは以前にジェット・リーと前妻の利智がダライ・ラマとインドで撮影したものです。写真の中でジェット・リーと利智は尊敬の念を込めてダライ・ラマを支えています。これは過去の写真ですが、そして彼らが面会した動機などは知りませんが、しかし、一つだけはっきりしていることは、ダライは祖国を裏切って49年にもなり、その間に祖国を分裂させようと企画し、チベット独立を炊きつける野心とやり方は一貫しているということで、これは世界の人々がみんな知っていることなのです!
言うまでもなく、彼らは有名人であり、ジェット・リーは、二人の有名人が国外で面会した後、どのような結果と影響があるかを知っていたはずです。ダライ・ラマがチベット独立を炊きつけ、分裂をあおるやり方が一貫したものなのだから、ジェット・リーは面会すべきでないと私は考えます。ジェット・リーはダライを説得したのだと推測する人もいますが、そうだと信じたいのはやまやまですが、謝意sんの中のジェット・リーと利智の媚びるような態度は解せずまた気持ち悪くさせられます。
ジェット・リー、あなたはいけないことをしてしまったのですよ!」
霊に憑依されたのか?6年間も眠り続けた女性にも書いたが、中国語で「〜の帽子をかぶらせる」というのは「〜のレッテルを張る」という意味だ。今回のようなスレッドは「ジェット・リーにチベット独立支持者という帽子をかぶらせる」とでも言えよう。イデオロギーとはかくもやっかいなものだ。
タイトルを見てほしい、密会というのもひどい言いがかりだろう。目線を見る限り、少なくとも二つのカメラがそこにあったはずなのだから。
中国についてなにかを感じたら
一方、ジャッキー・チェンはハリウッドから干され、10年後には中国人から、そっぽを向かれるだろう。
ジェット・リーは自分の生命を担保に、ハイリスク・ハイリターンの投資を行っのだ。
ただし、利益確定は中国が分裂国家になる10年後だ。
ダライラマに会って何をしていたんですかね。
ジェットリーは国内では共産党擁護発言をしています。
しかし、この写真を見て思ったこと。
香港のスターは世界と中国との狭間で思想のダブルスタンダードを強要されているようですね。見ていてとてもつらいです・・・。彼らの積み上げてきたものが今回のオリンピック騒動を機に失われてしまわないだろうかと心配です。
難儀ですねぇ。
●現在も中国政府は「ダライ・ラマ法王一派は、国家分裂主義者で反逆者」とプロパガンダしているが、50年前、中国政府がつくった小学校に通い始めた私がまず教え込まれたのも、全く同じ言葉だった。先生は漢民族で、学校で学ぶのは中国語だけ。
●つけるワッペンはランクごとに一本線から三本線まであり、みんなランクの高い三本線を目指して「アメリカ帝国主義反対!」「ダライ・ラマは国家分裂主義者だ!」と競って叫ぶのである。
●チベットの子供に最も大きな影響を及ぼしたのは映画だった。当時のチベットでは、映画といえば大変な娯楽である。そこで頻繁に上映されていたのが、59年のチベット動乱のニュースフィルムだった。もちろん、チベットのお坊さんたちをやっつける中国軍が正義として描かれている。日中戦争や満洲事変を題材にした戦争映画もずいぶん見せられた。中共こそ、大陸から日本を追い出した救国の恩人というわけである。
●街の広場では、しばしば公開裁判や公開処刑が行われていた。解放軍がチベット人の元貴族や高僧たちを、「われわれ解放軍がチベットに入る前、あなたは人民から搾取し、土地を奪いましたね」と問い詰める。抗弁は許されず、裁判官が判決をつげると立て札に漢字で罪名が書かれる。そのまま連れて行かれて、後頭部にズドンと一発、射殺されてオシマイである。
●子供も強制的に参加されられた。当時の私はダライ・ラマの方が反逆者と信じていたので、中国が残虐だとは思わなかった。
●高僧たちも公開処刑の対象になった。近所のおばさんたちが、それまで敬っていた高僧に唾を吐きかけるのを見たときは驚いたし、悲しいなと思った。みなチベット仏教の熱心な信者だから、お坊さんにそんな無礼なことはとてもできない。おそらく踏み絵のように、無理にやらされたのだと思う。
《西蔵ツワン 文芸春秋2008/6月号》