仮に20年前に現在のような反中の雰囲気が我が国にあれば、当時の我が国の国力と中国の国力を比べてみても、強硬な対応ができたであろう。しかし当時そんなことをすれば、政府は自国民からの非難の渦に巻き込まれたはずだ。ところが我が国が国力で中国に全く敵わなくなるまでに落ちぶれた現在では、いまさら中国に対して強硬な態度に出ることは不可能なのだ。
我が国の政府の態度を批判するのは容易だ。しかしそもそもその政府を作り、その政策に影響を与えているのは今も昔も我々自身だということを忘れてはならない。
いつか我が国の状況は南宋に似ていると書いたことがある。南宋の人々はモンゴル人を野蛮だと非難し軽蔑していた。しかしそんなものは少しも役に立たず、南宋はあっという間に滅ぼされてしまったのだ。ここで南宋を我が国に、モンゴル人を漢人に、野蛮を低民度に置き換えてみると、全く同じ図式だと気付くはずだ。
長野という中国とは海と陸地を隔てた我が国の土地でさえも、中国に敵わないことを忘れてはならない。そして相手をばかにしているだけでは滅亡を逃れることができないことも肝に銘じなければならない。
話は変わるが、外国人参政権の問題に絡んで、「参政権がほしいなら帰化しろ」という意見があるが、我輩はこれに反対する。外国人に参政権を与えないのは当然だが、朝鮮人や漢人を帰化させるのにも反対だ。その理由は法務大臣よ、韓国・朝鮮と中国からの帰化を許可するなを読んでいただきたい。毎年、朝鮮半島と中国大陸から15000人ほどが我が国に帰化している、といことは、10年で15万人、20年で30万人ということだ。これらの勢力にとって地方都市を乗っ取るのはすでにわけもないことなのだ。
我々に必要なことは、沈没寸前の我が国を、国際社会の荒波に呑み込まれないように、中国にそして漢人にそのやり方を学ぶことだ。漢人の民度が低いことは間違いない。しかしそのやり方には見習うべきことがたくさんある。
反日の気運が高まる中でも「師夷制夷(野蛮人に習い野蛮人を制す)」という主張、つまり「日本に習え」という意見を公にしていた漢人が少なからずいた。
我々にその逆ができるかどうか、歴史がそれを見届けるだろう。
中国についてなにかを感じたら
もし、この言葉通り受け取り、漢人の如き傍若無人な同行動を日本がとるならば、中国と日本は間違いなく争うことになるだろう。
少なからずいたであろう漢人、多分、長野で愛国を叫んだ留学生の中にもいたであろうと思いたい。
しかし、中華思想という枠組みの中では愛国のもと一致団結を強制され、声を上げれば間違いなく粛清され、声を上げられないのが中国である。
私はただの主婦ですがこのところの報道を見ますと
中国の台頭は恐ろしく感じます。
日本が飲み込まれる日も近いのではないかとおびえております。
今までは中国製のものをかわなかったり
反中の人に投票するくらいがせいぜいでした。
日本が日本人の為の国であり続けるために
草の根レベルで出来ることがあれば教えて
いただきたいです。
侵略行為だというチベットやウイグルよりも、
政治、経済において華人が深く入り込んでいる東南アジアのような状況が、
私はより恐ろしく感じる。
日本と中国は、ほんの20年前まで、対岸にありながら、遠い存在だった。
だから日本人はルーツとして、中国の歴史や文化に対して憧れを抱いていたと思う。
(私はそうだった。)
中国人も、近代的な日本について、尊敬に近い感情を抱いてる人も多かったように思う。
お互いの生活、政治体制の差が歴然としていて、
「外国」だったからだ。
中国の経済発展が進むにつれて、
上海をはじめ大都市の物価や都市の水準は東京のそれと同じになった。
いずれ中国の国力は日本を追い越すだろう。
その時、日本はどうなるのだろうか?
経済力しかない日本は、バブル期、アメリカの企業を買いあさった。
経済力と軍事力を持つ中国は?
資源のない日本を武力で併合することはないと思うが、
日本が日本人のための国ではなくなってしまうかもしれない。
私はそれが恐ろしい。
福田首相、河野衆院議長を始めとする自国の利益より中国の利益を優先させてるが如くの
媚中派政治家、
市場規模と安い労働力を当てにする経済界、
「北京の空は青かった。人々の目は澄んでいた。」的な報道姿勢から
大して変化の無いマスコミ、
何か弱みを握られているのか、この政界・経済界・言論界に巣食う癌細胞により
この国の主権自体が蝕まれているような気がして仕方ないのですがね ...。
自然崩壊じゃないですか。
日本は鉱物資源こそないが、多くの水資源をもち国土に比べ多くの領海を有するという意味ではまだまだ価値のある地域でしょう。
何ができるか?
選挙権だけでなく、被選挙権を行使する事も一つ。
領海→領海を含めた排他的経済水域
国籍を与える=その国の国民と同等の権利を得ると同時に義務を負う、ということなのに、彼等は権利は行使するが義務は一切果たす気がない(よりハッキリ言えば、当該国と中国が戦争になったら中国に味方する)ということだ。
あれをみて、外国人(中国人が大半になるのは目に見えている)を1000万人受け入れるとか言ってる馬鹿が与党の権力中枢にいるというのが、信じられない。
ほとんどの国民にとってこの二つの武器しかないと思い込みが強いように思えます。
我が国、日本国には言論の自由があり、そして今ではメール等で直接議員に声を上げる事が容易になった時代です。
すべての国民にとって賛成できる政策なんぞ存在しません。
国防、言論・表現の自由、国民主権と言った国家の根幹から、医療・食料・治安・経済と言った身近な物まで様々です。
私個人は、国家の根幹を守ろうとする候補に投票し、それ以外の気に入らない物については、メール、手紙等でガンガン声を上げ、修正させる方向で考えてます。
第三の武器、メール、手紙、FAX等で圧力をかけ修正させることに動くべきです。
某在日が少数勢力ながら、なぜに現状のような特権を勝ち得てきたか?
それが答えだと思います。
中国のこの言葉は、日本や西洋と明らかにちがいますよね?
日本 豪にいれば豪に従え
西洋 When you are in Rome, Do as Romans do
日本と西洋の言葉には、「師夷」という概念が含まれてない。ここに日本人は注意すべきだと思います。
「豪にいれば豪に従え」の隠れた意味として、相手を利する事が含まれているかどうかは知りません。しかし、おとなしく従えば揉め事も起こらずみんなハッピーと幸せな気持ちになる事は、相手に「制夷」の為の隙を与えているようなもんなのかもしれませんね・・。
チベット問題について中国寄りでもなく、反中国寄りでもなく冷めた目で見てる若い中国人の留学生を見て、「あぁ、将来中国も今の日本の若者みたいになっていくんだな。」と思いました。
良く言えば開放された思想を持っている。
悪く言えば無関心。
今の社会は中流の人向けなんだよね。相続税で全部持っていかれるから金持ちが日本から逃げる。
ま、、日本の政治じゃ無理ですね。
20年前、そう、天安門事件の時にこそ日本は強硬な態度を取り、「人権改善」を訴えるべきであったが、天皇を訪中させ、中国に助け舟を出した。日本が悪いのである。
昨日香港で民主派やチベット支持の学生達が人権改善のデモを行ったようだ。
しかし、彼らのうち何人かが護送車で「連行」されてしまった。
連行された学生の一人が「中国は人権を尊重すべきだが、個人的に考えてそれは不可能だと思う。」と答えていた。(※)
皆面白くはないのである。
香港でも中国産の毒菜を食べて痺れる人が沢山いる。暴力的なやり方で資産を接収される企業家もいる。大陸が報道規制を強いる事も知っている。
しかし、もう、というか“今は”どうしようもないのである。
(※)
韓国で行われた聖火リレーで男性を暴行した中国人留学生を逮捕
http://www.youtube.com/watch?v=Dr-ydZU5VVA
私は楼主さんの仰ることがよく理解できる。
しかし、私は、あの基地外じみた長野大動員のような事を平然と行い、捏造報道を繰り返しても良心の呵責に苛まれる事の決して無い中国共産党には、「改善」を求めて止まないのである。
哀しいことではるが、今はもはや日本や欧米の所謂「西側」の人間が、中国に対して意識改革を促すことは難しい。
結局は、“中国人”一人一人が、「人権状況などを改善した方がよくないか?」「言論の自由をもう少し認めるべきでは?」などと問題意識を持ち、“自分たち”で覚醒して中国社会を「改善」していく以外に道は無いのである。
香港の「一国二制度」も終了してしまった現在においては、自浄が殆ど期待できないのが、哀しい現状である。
http://www.youtube.com/watch?v=Dr-ydZU5VVA
コキントー来日でも、上からまた動員かけられるだろう、弁当とお駄賃つきで。
http://r.gnavi.co.jp/p665000/map1.htm
古くから中国に関わってこられた人々──
それも特に今まで中庸を自認していた人々が
どうも論述のバランスを崩されているように思えます。
周囲が感情的になっていると、
意図しないうちに自分も引きずられるものです。
私としては楼主さんはもう少しこの問題が沈静化してから
改めて言及されたほうがいいのでは、と思えてなりません。