Wikipediaにある民主主義の項目にこう書いてある。
そもそも民主主義でいう平等というのは、神という絶対存在があり、それを軸にした平等だということのはずだ。我が国の伝統とは相いれない借り物の思想を、顔を真っ赤にして、これが正義なのだと叫びつつ、中国に無理やり押し付ける意図がわからない。余計なお世話とはまさにこのことだ。民主主義は個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、多数決を原則として意思を決定することにより、人民による支配を実現する政治思想である。
中共(中国共産党の一党独裁によって支配された国家)に学ぶことなど一切ないとおっしゃるkouさんは、神の存在に感謝、もとい紙の存在に感謝しておられるが、その当時の中国は皇帝の独裁によって支配されていたわけだ。皇帝の独裁によって支配された国に学ぶのはいいが、中国共産党の独裁によって支配された国に学ぶことはないというのでは意味がわからない。
そもそも国家というのはそれ自体で存在するわけではなく、そこにいる人々によって作られているのだ。人々の知恵の結晶と言ってもいい。もちろんその結晶の形に対して好き嫌いがあるのは当然だが、それを無理やり変えようとするのはいかがなものだろう。
もちろん我が国で民主主義がバラ色の社会を生み出しているというならそれもよかろう。我輩は沖縄に行ったことがないが、ひょっとすると日本の一部となった沖縄は民主主義のおかげで申し分のない素晴らしい社会になっているのかもしれない。もしそうなら中国の民主化運動を応援する気持ちもわかる。もしそうでないなら、なぜ応援するのか理解できない。自分が苦労してるからお前らも同じように苦労しろということなのだろうか。
まさに中国と同じだ。チベットは「中国がチベットを完全に領有して以降、漢人が大量に移住し」という段階にあり、まだ「チベット人は少数になってしまい」という段階にはなっていないだけの話だ。アイヌ文化振興法が制定された理由は、日本が北海道全土を完全に領有して以降、日本人が大量に移住し、アイヌ民族は少数になってしまい、日本に完全に同化してしまい、文化も消えてしまう恐れがあったため、アイヌ文化振興法が制定され、アイヌの文化が保護されるようになったのです。
いやまて、中国と同じというには中国に失礼だ。少なくとも中国は身分証に「X族」としっかり記載している。だからたとえ漢人にほぼ完全に同化してしまい、文化もほぼ消えてしまった満州人でさえも、身分証に書いてある「満族」をみれば自分が満州人であると感じることができるのだ。
我輩のある知り合いは少数民族だが、身分証をもらうまで自分が少数民族だとは知らなかったという。御両親も民族語を話すことができず、その知り合いもそれまでは自分が漢人だとおもっていたそうだ。
つまり日本におけるアイヌと中国におけるチベット人を比べると、我が国のアイヌの方が悲惨だということだ。なにしろもう反抗する力どころか、民族を自覚することすらままならなくなっていくのだから。
チベット人を応援する前に、アイヌの応援をしよう。まさかそのなんとか法を制定したから一件落着ということはあるまい。
ウイグル人を応援する前に、我々の仲間であるめぐみさんとそのご家族を応援しよう。
台湾人を応援する前に、我々の同胞である中国残留孤児に手を差し伸べよう。
とよさんがこう書いてくれた。
とよさん、違う話どころか、これこそ我輩が言い続けていることだ。とよさんのような人をこそ、我輩は尊敬する。でも正直、なにかアクションを起こそういうところまでは至っていません。自分の事で精一杯だから。あ、でも町中であすなろ育英会の募金があれば必ずいくらか入れるようにしてますよ。なんせ自分も若いうちに両親を亡くして、それなりに苦労してきましたから…。 なんか違う話になってしまってすいません。失礼しました。
日本の列車事故を喜ぶ中国人をみてほしい。こんな獣のような奴らがこの世にいるのかと嘆いていたが、なんと我が国にも中国の地震を天罰だと喜んでいる輩が少なからずいるのだ。
昨日のテレビニュースで温総理が震災地区で相変わらず下手くそな演技をしていたが、その後ろにかかっていた横断幕には「生命高於一切」と書かれていた。命は何よりも大切だという意味だ。温総理は一党独裁をしている中国共産党の象徴のような人だ。もちろんその主張は中国共産党を代表している。
ここでkouさんに質問したい。この主張に我々は何かを学ぶべきだろうか。それとも学んではいけないのだろうか。
それでもチベット支援者は震災地に行って「だったらチベット人の命を奪うな!」とでも抗議するのだろう。目の前で苦しんでいる人を無視して。
そうそう、njrさんの
という指摘は全くその通りで、我が国の領土である長野においてでさえ、真っ向勝負では中国には勝てないとガツンと頭を殴られたような思いをさせられたことが、我輩にとって大きな転機となったのは間違いない。たしかに昨今の空気は異常ですし、実際のところチベット独立など画餅に近いものですが、楼主も空気に呑まれていませんか?
東アジアは昔のように中国を中心とした世界になりつつある。第二次世界大戦後、我々はアメリカという大きなサメの背中にくっつき、コバンザメのようにうまい汁を吸ってきたが、もうその時代も過ぎ去ろうとしている。これからは我々の先祖がそうしてきたように、中国という凶暴な国からどう自分を守るかを模索していかなければならない。
中国が嫌いだから抗議するというのでは話にならない。南宋と同じ運命をたどるだけだ。乱暴に言えば、長野でさえ中国に敵わない我々に、遠いチベットのことに口出しする資格などない。
まずは我々一人一人がしっかり学び働き、そして身近な人を助け、自らを守れる力をつけることが肝要だ。
中国についてなにかを感じたら
アイヌ民族のことをご指摘になられておりますが、確かに、江戸時代の不公平な交易とシャクシャインの戦いにも見られるように、アイヌ民族は大和民族に差別や迫害を受けました。しかしながら、チベットと違う点は、アイヌ民族には国家が存在しませんでした。(だからといってアイヌ民族への差別・迫害や土地から追いやった歴史を正当化するつもりは毛頭ないことを申し合わせておきます。)しかし、チベットには国家がありました。そこに中国が解放と称して侵略を行い、120万人のチベット人の虐殺を行いました。
中国のチベットへの対応が今、世界中の非難を浴び、日本のアイヌ民族の問題やアメリカのインディアンなどの先住民族の問題、オーストラリアやニュージーランド、台湾の先住民族の問題がなぜ世界中の非難を浴びないのかと申しますと、弾圧や迫害を一切行っていないからです。前にも申しましたが、日本はアイヌ民族の差別や迫害の歴史を学校現場で教育を行っており、極右教科書として問題となった新しい教科書をつくる会の教科書でも、アイヌ民族への差別や迫害の歴史を掲載しております。江戸時代に不公平な交易に対し、戦った、シャクシャインも教えられており、北海道では英雄となっております。アイヌ民族の方が「アイヌに独立国家を」と主張しても逮捕されませんし、もちろんアイヌ独立を訴えるデモも行えます。弾圧も、迫害も一切行われておりません。
中国はチベットに対して、「チベットに自由を!」と叫んだだけで逮捕されたり、チベット人の尊敬を集める、ダライ・ラマの写真を持っているだけで逮捕されたり、拷問を受けたり、学校の教育現場で自分たちが尊敬しているダライ・ラマを否定するような教育を行っており、弾圧や迫害が行われ、独立を主張するデモ活動をすることすらもできません。
このチベットとアイヌ民族を比較することは間違いであると思います。
>中国に無理やり押し付ける意図がわからない。余計なお世話とはまさにこのことだ。
私は自由と民主主義を持つ国に生まれ、生活してみて、自由と民主主義のが素晴らしいものであるということを実感しております。自分の意見を自由に述べることができ、(中国はネット上の共産党政府に不都合な情報を削除されてしまうそうです。)政府批判や与党批判も自由だし、政治家を批判することも自由です。選挙という最強の武器によって自らの目的を達成することもでき、国政に関与することもできる。自由と民主主義を持つ国に生まれて良かったと思っております。
しかしながら私は、中国に自由民主主義国家になるようなことを強制するつもりは毛頭ございませんし、自由民主主義国家にならなければ、「制裁だ」「戦争だ」などと言うつもりも毛頭ございません。そもそも、自由と民主主義は強制するものではない。それは自由・民主主義とは言わないと思います。
今、アメリカがなんだか自由と民主主義を世界に広げると言ってますけど、誤りにもほどがあると思います。自分たちの価値観を他者に押しつける、他者が拒否すれば戦争を起こす、侵略する、強制する。自分たちは世界の中心だと思う。イラクの例を見ればわかると思います。アメリカは大量破壊兵器があるとかいう嘘の理由で、イラクを侵略し、イラク人を虐殺しました。イラク戦争勃発直前には大量破壊兵器がないことはアメリカは把握していたんだと思います。「イラクを解放するため」とかブッシュが演説で言って、「大量破壊兵器があるから」を、「イラクを解放するため」にすり替えていましたし。そして私が最も憤ったブッシュの発言は、「アメリカに敗戦し、占領された日本は、アメリカによって自由と民主主義を持つ国家となった。」この発言はイラク戦争を正当化するためにブッシュが吐いた暴言です。全くもっておかしい。日本が現在、自由と民主主義を持つ国家であるのは明治維新によって国民国家となり、板垣退助らによる自由民権運動が起き、国会開設が決まり、明治憲法が制定され、議会も設置され、アジアで初めて憲法と議会がきちんと機能する国家となり、護憲運動などの大正デモクラシーによって、初めて国民の力によって時の政権が倒れ、今にも繋がる政党政治が確立し、普通選挙が実現した。
この一連の改革や運動があったからこそ、これらによって日本人自らの手で自由と民主主義を得たからこそ、日本は自由民主主義国家になれた訳であって、戦後のアメリカ・GHQの影響を、否定はしませんが、アメリカのおかげで自由民主主義国家になれた訳ではない。
だから、民主主義が生まれたことのない、民主主義国家でなかったイラクでは、侵略国・アメリカの「押しつけ民主主義」など拒否する動きが出ており、テロが続発し、内戦とまで指摘される状況になっております。
>皇帝の独裁によって支配された国に学ぶのはいいが、中国共産党の独裁によって支配された国に学ぶことはないというのでは意味がわからない。
1000年以上前の、遣隋使や遣唐使の時代の話を言っているのであって、今とは価値観もなにもかもが全く違いますし、現在と1000年以上前ことを比べるのには無理があると思います。
「生命高於一切」についてですが、確かに共感しますし、賛同する考えです。しかし、矛盾もあります。命は何よりも大切だという考え・主張であれば、なぜチベット人の虐殺を行うのか。なぜ拷問を行うのか。弾圧するのか。なぜ天安門事件で民主化のために集まった中国人に発砲し、虐殺を行ったのか。中国共産党政府の発表では、「事件による死者は319人」となっていますが、この事件による死傷者の多寡については数百人から数万人の間で複数の説があり定かではないそうです。また、天安門広場から完全にデモ隊が放逐された後に、人民解放軍の手によって死体が集められ、その場で焼却されたという情報があるように、事件後に中国共産党政府によって多くの死体が隠匿されたという報道もあります。(Wiki及び「チャイナハンズ-元駐米国大使の回想」より)また、今現在も多くの民主活動家が監禁され、弾圧を受けて、拷問により亡くなる方も少なくありません。
チベットでは、暴動だけでなく、抗議デモをしていたチベット人にも発砲し、虐殺を行っている。虐殺の証拠隠滅のために、銃弾に倒れたチベット人犠牲者を、人民解放軍などがトラックで大量に運び去っているのではないか、という情報もあります。チベット亡命政府の3月14日の発表によれば、「抗議行動は、ラサの内外で平和的なデモとして始まったが、当局が多数の武装車両を投入、群衆への発砲を始めた」という。中共政府はチベット虐殺などしていないと強調し、宣伝するが、ではなぜ外国人記者を排除するのでしょうか。疑問です。
果たして、「命が何よりも大切」だと考えている方々が、こんなことをするだろうか。そもそも心の底から命は何よりも大切だと考えているのか、疑問です。それとも、中国共産党に反対する者は人間として見なしていないのでしょうか。
>チベット人を応援する前に、アイヌの応援をしよう。まさかそのなんとか法を制定したから一件落着ということはあるまい。
>ウイグル人を応援する前に、我々の仲間であるめぐみさんとそのご家族を応援しよう。
>台湾人を応援する前に、我々の同胞である中国残留孤児に手を差し伸べよう。
前にも述べた通り、賛同いたします。まずは身近に困っている人のことから考え、助けるべきです。私は拉致問題や在日米軍の問題、アイヌ民族の問題など、身近な問題を最優先としており、身近な問題を考えた上で、チベットやウイグルの問題について述べております。マザーテレサも訪日の際に、「日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります」と仰っておられます。
最後に、長文となったこと、管理人さんを初め、ブログに訪問されておられる皆様に、今回の論争によってご迷惑をおかけしまことを再度、お詫びいたします。先日、中国で地震がありました。四川省での地震で多くの亡くなられた方にお悔やみ申し上げます。
私が中共を批判するのは、右翼だからではありません。また、中共を利用して別の目的を達成しようとしているからではありません。余計なお世話かもしれませんが、中国人を友人に持つ者として、中国を思う者として、中国の将来を思って申し上げているのです。そして、中共の弾圧を受けているチベット人やウイグル人、民主化を求める方々への弾圧を止めて欲しいと切実に願っているからです。
「チベット支援者は震災地に行って「だったらチベット人の命を奪うな!」とでも抗議するのだろう。目の前で苦しんでいる人を無視して。」と管理人さんは言われますが、被災者の方もチベットの方も、どちらも同じ、大切な命なのです。それに、チベットを支援する方は被災地に行ってそんなことをしていますか?一切しておりません。「生命高於一切」という素晴らしい、お考えがあるのであれば、チベットやウイグルの方々、民主化を求める方々を虐殺したり、弾圧したり、拷問したりするようなことだけはお止め下さい。中国を思う日本人として、いつの日か弾圧や虐殺をすることのない中国になることを切実に願っております。
自分の国の政治家をバカにすることは、国民自身をバカにしていることと同じですし。
ぶっちゃけ善政してくれるならば、独裁国家のほうが楽。
勉強も監視も悩むことも無いですしなぁ。
他国には他国の事情があって、それに口出していいのは、直接関わる人たちだけなんじゃないですかね。
例えば緑豆に「鯨は頭いい生物だから食うな」と言われても大きなお世話でしょ?
だから、人権蹂躙とか言ったところで、直接の利害関係が生じない限りは中国人にとってはkouさんたちの叫びは緑豆と同程度でしかないと思うよ。
同様に、楼主さんの言ってることも100%合ってるわけじゃない。
恐らく解って言ってるんだろうけどね。
自分はチベットに関して、他国や人権屋が言うからとかじゃなく、昔の恩を返したいから独立できればいいな、と思ってます。
戦争中日本にとても良くしてくれた国だから、それも中共に攻められる口実になったかと思うととても申し訳ないので。
別に人権無視とか差別とか無意味なこと叫ぶつもりはありません。
そんなものどこにでも溢れてるし、声を上げるのは大体において利権あさりの屑ばかりです。
爺さんが大陸引き上げ組だから、チベットに感謝してるだけ。
母親、戦後生まれなんで、爺さん死んでたら俺いないし。
主義主張なんて、突き詰めればそういうものだと思うんだけどさ。
みんな難しく考えるのが好きだから、どんどんこじれていくんだろうね。
最後に。
生まれてからこれまで差別したことないやつなんていると思うか?
俺はそこまで傲慢になることはできないね。
日本の政治家が民主主義を持ち上げるのも都合がいいからというだけでしょう。
私は立憲君主制がイイですw
私が『平等』と言ったのがかなりお気に召さなかったようですが、それでは『判官びいき』という言葉ではいかがでしょうか。
神ではなく天皇のもとの平等も声高に唱えたのは明治以降のことでしょうし。
私は日本はなかなか平等な国だったと思いますけど、押し付ける気は毛頭ありませんし、気に入らなくても私にはどうしようもありません。
桜主さんが中国には勝てないから中国人の気持ちを考えろと仰るのなら、日本人やチベット人の気持ちを斟酌する必要がないとのお考えも納得が行きます。
チベット独立軍の最後の軍事顧問が日本人だったり、国旗のデザインが日本人だったり、チベットの独立が国連に認められなかった理由に日本との関係があったかもしれないことも、まあ言ってしまえば感傷に過ぎないのでしょう。
確かに巨大な船の舵は急に変えることが出来ないかもしれません。
それでも、『諦める』という選択肢は無い、と私は思っています。
今のところは、どっちの意見にしろ、まず日本の現状に対する自覚を持つ人が増えることが大切だと思いますし、増えないうちに諦めるなんてありえません。
kouさん
>弾圧や迫害を一切行っていないからです。
他は知りませんけどオーストラリアの原住民に対する扱いは酷いです。
つい最近まで中国とどっちが酷いと言えないくらい酷かったです。
民主化だ独立だという議論にすり替えていったのは
中国側な気がします。そのほうが反論の余地があるので。
民主主義にしろ共産主義にしろ、日々改良されていくべきものだと思います。
個人的には中共の自己改良が、経済発展と時代の流れに取り残されてしまった感じがしています。
一般の中国の人は今の国家体制が変わるとは思っていないかもしれませんが、近いうち変わりそうな気がします。
民主化・独立議論にナーバスに反応したのも、その予感と、変化への本能的な恐怖感があるのではないかと考えます。
根拠があるわけではありませんが、中国人の友人と話したりして感じたことです。
日本主義国家。鎖国時と開国時、戦前と戦後ですら、大きな
システムや国民性はさほど変わっていない気が
する。
日本は、もっとも成功した共産主義と世界から揶揄されてる事を
忘れてはいけない。