ライブドアをネタにした主張を続ける。
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2006年03月16日
2006年06月13日
世界に追いつけない日本サッカー
倒されてもアピールしない。
倒したあとのなにもしてないよというアピールがない。
リードしてるときの時間つぶしの方法をまったくしらない。
ドーハの悲劇は歴史の彼方、走らないサッカーは最低。
最大の敗因は柳澤を小野に換えたこと。柳澤を小野に換えるなら、ついでに高原も下げて全員で守った方がまだマシ。柳澤の怪我を心配したなら、別のフォワードを入れるべき。
倒したあとのなにもしてないよというアピールがない。
リードしてるときの時間つぶしの方法をまったくしらない。
ドーハの悲劇は歴史の彼方、走らないサッカーは最低。
最大の敗因は柳澤を小野に換えたこと。柳澤を小野に換えるなら、ついでに高原も下げて全員で守った方がまだマシ。柳澤の怪我を心配したなら、別のフォワードを入れるべき。
日本のサッカーは落ち目だね
漢人が日本対オーストラリアの試合をどうみたかチェックしてみたが、クソ日本ざまあ見ろという内容がほとんどだった。中にはこの程度の技術じゃ情けないぞという書き込みもあったが、13億の人口を誇り、子供のころから半分プロ状態で練習してるくせに、できることといえばワールドカップ直前の練習試合でフランス選手に怪我をさせてワールドカップ出場不可能にすることぐらいの中国にそんなことは言われたくない。
ちなみに怪我をさせた件について「あれは絶対韓国から賄賂をもらってるね」という意見があったのには大笑いした。皆さんもご存知の通り、フランスと韓国は同じグループに入っているので、フランスの戦力を弱めることはつまり韓国の戦力を相対的に強めるという意味での発言だ。FIFAの十大ミスジャッジに2002年の大会だけで4つも韓国戦が入っているという話を聞いたことがあるが、この噂はさすがに御伽噺だろう。
さて、日本サッカーチームの悪口をいう書き込みが並ぶ中に、「日本は落ち目だね」という意見があった。これについては感慨深いものがある。というのも…
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ちなみに怪我をさせた件について「あれは絶対韓国から賄賂をもらってるね」という意見があったのには大笑いした。皆さんもご存知の通り、フランスと韓国は同じグループに入っているので、フランスの戦力を弱めることはつまり韓国の戦力を相対的に強めるという意味での発言だ。FIFAの十大ミスジャッジに2002年の大会だけで4つも韓国戦が入っているという話を聞いたことがあるが、この噂はさすがに御伽噺だろう。
さて、日本サッカーチームの悪口をいう書き込みが並ぶ中に、「日本は落ち目だね」という意見があった。これについては感慨深いものがある。というのも…
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2006年06月23日
日本文化とサッカー
オーストラリア戦が終わったあと、カズが日本にはリードしたまま勝ち逃げをするような文化がないから、一朝一夕にはどうしようもないという内容の発言をしていたそうだ。さすがはカズ、サッカーという枠を超えて外から大きな視点でサッカーを見ている。日本代表チームは、ドーハの悲劇,オーストラリア戦,ブラジル戦とリードを守れずに泣きを見た。
よく知られているように、日本は千年以上も中国の背中を追い続けたあと、いわゆる列強の真似事をし始め、ここ数十年間はアメリカの尻にくっついている。サッカーに限っても、ヨーロッパスタイルを真似してみたり、南米スタイルを模倣してみたりしている。
つまり他人の後追いをしているのが日本の文化で、後追いをしている状態でこそ平常心を保つことができる。他人の前に立ち、それを引っ張っていくような状態にはどこか不安を感じる。サッカーで言えば、一点差で負けているときにこそ優良なパフォーマンスが出やすく、リードしたまま試合を続けるときにはぎこちなさが現れるということだ。
別の角度から言うと、試合前に自分が有利だと判断している時は、たいていよくない試合結果になり、試合前に自分が相手よりちょっと劣っていると考えるときには、そこそこがんばれるのが日本チームだ。ワールドカップ前の対マルタ戦と対ドイツ戦が正にその実例だ。
こう見てくるとキャプテンを務めてきた宮本の「(世界の)トップ10なのか、そのすぐ後ろに食い込める力はあると思う」という言葉にはがっかりせざるを得ない。ヒデの「まだまだ自分たちの力が足りなかったことをを実感した大会だった」という言葉と比べてほしい。宮本のような心の置き方だと、日本チームは勝てないのだ。ましてやキャプテンがそのような考えでは最悪だ。
日本チームのキャプテンを務めるべき人はヒデしかいない(代役は川口)。彼をキャプテンにしなかったのはジーコの失策の一つだ。
この理由を日本文化から述べよう。
日本にはプラス面から言うと「おもいやり」の文化が、マイナス面から言うと「他人の目を気にする」文化がある。
ブラジル戦でキャプテンを務めることになった中沢が、自分は普段からチームメイトの様子をじっくり見ているからキャプテンを十分務めることができるという内容の発言をしていた。しかしそんなことは日本で育った人なら多かれ少なかれやっていることで、日本チームにとってはことさら必要な要素ではない。日本チームに欠けているのは前に立ってチームを引っ張っていける人物であり、それがヒデなのだ。中沢のような選手は、自分勝手な文化の中にある中国チームでこそ、気配りができるキャプテンとして活躍できるだろう。
ジーコはブラジルという異文化圏からやって来たのに、日本の文化が見えていなかったようだ。異文化圏からやってきたジーコは一般の日本人よりも、日本の特徴を感じることができる立場にあったにもかかわらず、である。人間としての限界なのだろう。
さて、こうみてくると「トルシエ監督は組織的なヨーロッパのサッカー、ジーコ監督は個性を重視した南米のサッカーで両方ともダメだった。これからは日本独自のサッカーを作っていってほしい」という元日本代表の武田修宏の言葉が全く的外れだとわかるだろう。そんなものは作れるわけがない。
四年後だが、ヒデにはまだまだがんばってもらう必要がある。そして中村がもつ独特のリズムをチームにうまく生かせるかもポイントになる。ブラジル戦で露見したのが日本選手のボールトラップの下手さで、少し強めのパスをやわらかく止めることがほとんどできなかった。若い選手にはブラジル選手のトラップを見習ってほしい。がんばれ日本!
よく知られているように、日本は千年以上も中国の背中を追い続けたあと、いわゆる列強の真似事をし始め、ここ数十年間はアメリカの尻にくっついている。サッカーに限っても、ヨーロッパスタイルを真似してみたり、南米スタイルを模倣してみたりしている。
つまり他人の後追いをしているのが日本の文化で、後追いをしている状態でこそ平常心を保つことができる。他人の前に立ち、それを引っ張っていくような状態にはどこか不安を感じる。サッカーで言えば、一点差で負けているときにこそ優良なパフォーマンスが出やすく、リードしたまま試合を続けるときにはぎこちなさが現れるということだ。
別の角度から言うと、試合前に自分が有利だと判断している時は、たいていよくない試合結果になり、試合前に自分が相手よりちょっと劣っていると考えるときには、そこそこがんばれるのが日本チームだ。ワールドカップ前の対マルタ戦と対ドイツ戦が正にその実例だ。
こう見てくるとキャプテンを務めてきた宮本の「(世界の)トップ10なのか、そのすぐ後ろに食い込める力はあると思う」という言葉にはがっかりせざるを得ない。ヒデの「まだまだ自分たちの力が足りなかったことをを実感した大会だった」という言葉と比べてほしい。宮本のような心の置き方だと、日本チームは勝てないのだ。ましてやキャプテンがそのような考えでは最悪だ。
日本チームのキャプテンを務めるべき人はヒデしかいない(代役は川口)。彼をキャプテンにしなかったのはジーコの失策の一つだ。
この理由を日本文化から述べよう。
日本にはプラス面から言うと「おもいやり」の文化が、マイナス面から言うと「他人の目を気にする」文化がある。
ブラジル戦でキャプテンを務めることになった中沢が、自分は普段からチームメイトの様子をじっくり見ているからキャプテンを十分務めることができるという内容の発言をしていた。しかしそんなことは日本で育った人なら多かれ少なかれやっていることで、日本チームにとってはことさら必要な要素ではない。日本チームに欠けているのは前に立ってチームを引っ張っていける人物であり、それがヒデなのだ。中沢のような選手は、自分勝手な文化の中にある中国チームでこそ、気配りができるキャプテンとして活躍できるだろう。
ジーコはブラジルという異文化圏からやって来たのに、日本の文化が見えていなかったようだ。異文化圏からやってきたジーコは一般の日本人よりも、日本の特徴を感じることができる立場にあったにもかかわらず、である。人間としての限界なのだろう。
さて、こうみてくると「トルシエ監督は組織的なヨーロッパのサッカー、ジーコ監督は個性を重視した南米のサッカーで両方ともダメだった。これからは日本独自のサッカーを作っていってほしい」という元日本代表の武田修宏の言葉が全く的外れだとわかるだろう。そんなものは作れるわけがない。
四年後だが、ヒデにはまだまだがんばってもらう必要がある。そして中村がもつ独特のリズムをチームにうまく生かせるかもポイントになる。ブラジル戦で露見したのが日本選手のボールトラップの下手さで、少し強めのパスをやわらかく止めることがほとんどできなかった。若い選手にはブラジル選手のトラップを見習ってほしい。がんばれ日本!
2006年12月09日
日本で働きながら勉強しましょう
2006年12月20日
日系の企業は中国人社員を引き止められない
junさん
蛞蝓さん
さて、今回の元スレはここだ。続きを読む
かつて日本の首相も「寝てればいい」なんて言ってましたが。確かにその方が都合がいいんでしょうね。固定的な会員を確保しているような政党にとっては、流動的な人が投票しなければしないほど自分たちに有利になりそうだ。
蛞蝓さん
少なくとも、日本はデキレースさせられてない分だけ、ましかもしれません。衆議院議員総選挙投票率一覧をみると、去年は投票率がかなり上昇したようだ。
さて、今回の元スレはここだ。続きを読む
2007年01月22日
日本語は発音が気持ちいいよね
元スレはここだ。たまには我々に肯定的なスレッドを紹介しないと、漢人は100%アホだと思われてしまわれては困るという、我輩の優しい心遣いだ。
さて、ここでミニ中国語口座だ。中国語の表現方法として「好+(動詞)」というのがある。複数の意味があるのだが、ここでは最も有名だとおもわれる「好吃」スタイルを教授しよう。「好吃」の「吃」は「食べる」という意味の現代中国語で、「食べるのに好い」つまり「おいしい」と言う意味だ。そして今回のスレッドにたびたび登場するのが「好聴」で、「聴くのに好い」つまり「聴き心地が好い」と言うような意味になる。「好聴」は日本語に単語レベルで訳せない厄介な中国語で、その場その場で意訳しなければならないので少々面倒だ。
「日本語って聞くだけで最高!」
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さて、ここでミニ中国語口座だ。中国語の表現方法として「好+(動詞)」というのがある。複数の意味があるのだが、ここでは最も有名だとおもわれる「好吃」スタイルを教授しよう。「好吃」の「吃」は「食べる」という意味の現代中国語で、「食べるのに好い」つまり「おいしい」と言う意味だ。そして今回のスレッドにたびたび登場するのが「好聴」で、「聴くのに好い」つまり「聴き心地が好い」と言うような意味になる。「好聴」は日本語に単語レベルで訳せない厄介な中国語で、その場その場で意訳しなければならないので少々面倒だ。
「日本語って聞くだけで最高!」
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2007年01月27日
日本人が言う友好って?
元スレはここだ。
「日本人が言う友好
特別な意味はないんだけど、日本人が私たち中国になにか友好的なことをしてくれたのか知りたいんだけど??もしくはなにかを表明したとか?
偽善、それとも本気??なんでもいいんだ!
いくら考えても、なにも頭に浮かんでこないんだよね。
みんな聞いたことある?」
我が国のODAが失敗だったことがよくわかる。中国共産党は様々な場所に我が国からのお金が使われていることをできるだけ隠しているのだ。反日の国にお金を出すよりも、税金を減らすなり、国内にもっとお金を使えばいいのだ。この反日の国は宇宙関連の技術に関しては我が国よりもずっと先を行っているし、我が国からの援助を恥知らずにも受け取っているくせに、外国に援助しているし、もちろん武器も輸出している。
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「日本人が言う友好
特別な意味はないんだけど、日本人が私たち中国になにか友好的なことをしてくれたのか知りたいんだけど??もしくはなにかを表明したとか?
偽善、それとも本気??なんでもいいんだ!
いくら考えても、なにも頭に浮かんでこないんだよね。
みんな聞いたことある?」
我が国のODAが失敗だったことがよくわかる。中国共産党は様々な場所に我が国からのお金が使われていることをできるだけ隠しているのだ。反日の国にお金を出すよりも、税金を減らすなり、国内にもっとお金を使えばいいのだ。この反日の国は宇宙関連の技術に関しては我が国よりもずっと先を行っているし、我が国からの援助を恥知らずにも受け取っているくせに、外国に援助しているし、もちろん武器も輸出している。
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2007年09月04日
2007年09月05日
2007年09月06日
2007年09月10日
日本人の正座
元スレはここだ。
「みんな日本人が正座する習慣をもってるのを知ってるよね。この習慣は日本人の専売特許のようなものだともね。最近の若者は小さいころからイスやソファーで暮らしてるけど、他人の家に行って、もし和室(畳の部屋)に入ったら、自由にしてもいいといわれるまでは、やっぱりおとなしく座布団に正座してなきゃいけないんだ。
一説によると、この座り方は、室町時代(1336–1573)末期で、それまでは、日本人の座り方は韓国人と同じで、男性はあぐら、女性は片ひざを立てていたんだそうです。その後茶道の茶室がこじんまりと設計されたため、あぐらをかくと隣の人とぶつかってしまうため、正座に変わって行ったようです。別の説では、室町末期に女性の和服のすその部分がまっすぐになったため、片ひざ立てができなくなり、正座に変わったということです。
日本の家庭で和室に招待された場合、まず部屋の外で正座して、両手をひざにぴったりくっつけるようにして、挨拶の言葉を述べながら深くお辞儀をして、部屋に入ってから座布団の前に正座し、お辞儀をしつつ『失礼いたします』というのが普通。もちろん、親密な友人ならこんなめんどくさくはないけど、でも部屋に入るときと出るときには、やっぱり軽く頭を下げなきゃならないんだ。しかも、敷居は決して踏んじゃいけないよ。これは自宅でも一緒。
実はこれらのしきたりは境界を通り過ぎるときの習慣の変形なんだ。日本各地の農村の村境には、お地蔵さまがあって、村人は出入りするときにお地蔵さまの前で手を合わせて無事を祈ったり、無事に帰ってきたことを報告したりするんだ。このようなしきたりが家や部屋のレベルまで縮小されたのが、外国人にはめんどくさがられるかもしれない煩雑な礼儀なんだよね。
ただ、このような境界を通り過ぎるときの儀式は、日本民族だけのものじゃないんだ。アルプス山脈とかアンデス山脈とか世界の主要な山脈の山頂には、たいてい何かを祭っていた古代遺跡があるんだ。古代ギリシャのスパルタ王は、戦争の達人だったんだけど、それでも遠征のたびに、国境でゼウスを拝み、勝敗を占ったんだって。
ただ、このような面倒なしきたりを家の中にまで持ち込んだのは、日本人だけなんじゃないかな。」
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「みんな日本人が正座する習慣をもってるのを知ってるよね。この習慣は日本人の専売特許のようなものだともね。最近の若者は小さいころからイスやソファーで暮らしてるけど、他人の家に行って、もし和室(畳の部屋)に入ったら、自由にしてもいいといわれるまでは、やっぱりおとなしく座布団に正座してなきゃいけないんだ。
一説によると、この座り方は、室町時代(1336–1573)末期で、それまでは、日本人の座り方は韓国人と同じで、男性はあぐら、女性は片ひざを立てていたんだそうです。その後茶道の茶室がこじんまりと設計されたため、あぐらをかくと隣の人とぶつかってしまうため、正座に変わって行ったようです。別の説では、室町末期に女性の和服のすその部分がまっすぐになったため、片ひざ立てができなくなり、正座に変わったということです。
日本の家庭で和室に招待された場合、まず部屋の外で正座して、両手をひざにぴったりくっつけるようにして、挨拶の言葉を述べながら深くお辞儀をして、部屋に入ってから座布団の前に正座し、お辞儀をしつつ『失礼いたします』というのが普通。もちろん、親密な友人ならこんなめんどくさくはないけど、でも部屋に入るときと出るときには、やっぱり軽く頭を下げなきゃならないんだ。しかも、敷居は決して踏んじゃいけないよ。これは自宅でも一緒。
実はこれらのしきたりは境界を通り過ぎるときの習慣の変形なんだ。日本各地の農村の村境には、お地蔵さまがあって、村人は出入りするときにお地蔵さまの前で手を合わせて無事を祈ったり、無事に帰ってきたことを報告したりするんだ。このようなしきたりが家や部屋のレベルまで縮小されたのが、外国人にはめんどくさがられるかもしれない煩雑な礼儀なんだよね。
ただ、このような境界を通り過ぎるときの儀式は、日本民族だけのものじゃないんだ。アルプス山脈とかアンデス山脈とか世界の主要な山脈の山頂には、たいてい何かを祭っていた古代遺跡があるんだ。古代ギリシャのスパルタ王は、戦争の達人だったんだけど、それでも遠征のたびに、国境でゼウスを拝み、勝敗を占ったんだって。
ただ、このような面倒なしきたりを家の中にまで持ち込んだのは、日本人だけなんじゃないかな。」
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