2008年07月11日

日中友好は幻想ではない

燃灯古佛さんが書いてくれた

もし今共産党がダメになったら、中国はバラバラになるでしょうね?こんなでかい国を治まる力が持ってる政党は他にないじゃないですか?それなら動乱が続く、普通の生活さえできません。そんなことを望むヤツは極少ないと思います。
そんな国でも、私は棄てることができません。文句を言うのは止めないですけど、私達の立場でても考えてください、ある程度で私達を理解して欲しいです。よろしくお願いします。

という内容をどう受け取るか、みなさんに自問していただきたい。

我輩はにゃさんの次の言葉に賛成しつつ、さらにそれを拡張する。

それと、私は日本国内で育った日本人ですので中国国内の伺え知れない、中国人でしかわからない事情もあると思いますが、政治、社会に関して中国、中国人の問題であって、日本が遠慮する筋合いもありません。

ぶっちゃけ、どーなろうと知ったこっちゃありません。
自分の尻を自分で拭けぬ者は惨めなだけです。

自らの力でなんとかしてください。

我々は日本をより良くすることに力を注ぐべきであって、それが我々個人の幸せにつながるのだ。

http://pewglobal.org/reports/pdf/260.pdfの13ページ目からのいくつかのグラフを見てほしい。我々の満足度あるいは期待値が、中国よりもずっと劣っていることが如実に表れている。

江沢民によって始められた反日教育は中国国内の不満から目を背けさせるためのものだったという分析がある。それでは我が国はどうなのだろう、と考えていただたい。

我々は、中国の政治体制を批判したり、チベットや台湾に余計な情熱をつぎ込むよりも、しっかり勉強し、しっかり働くべきだ。怠け者の我輩がこんなことを書いても説得力がないのが残念だが。

さて、森本さんが

中国がキライなのは「近親憎悪」でしょう。

と書いてくれたが、正にその通りで、我々は中国あるいは中国人という対象を自分に近づけすぎて感情的になり、対象がよく見えなくなっている状態だ。

さらにこの状態を鋭く分析してくれたのが、一知半解男さんだ。ちなみに我輩はこういう自虐的な名前が大好きだ。仕事をさぼって本ブログを読む暇がある人には、ぜひ「私の責任=責任解除」論Bどうして日本は中国問題で失敗を繰り返すのかを読んでいただきたい。結論の言葉を引用したい気持ちもあるが、そうすると結論だけを読んで全体を読まない人が出てくるので、我慢することにする。

一知半解男さん、このブログの色を変えるのはちょっとめんどうなので、中国の掲示板@FC2をみていただければありがたい。少しは見やすい色になっているとおもう。
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posted by 楼主 at 11:55 | Comment(8) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月12日

お人好しが多すぎる日本

燃灯古佛さん

反日教育を抑えないかぎり、国民の民度(素質)が上がらないかぎり、日中友好は少人数のあいだにしかできないではないでしょうか。

民度よりも、森本さんが書いてくれたことに大きなヒントが隠されている。

肌の色の違う他人が食堂でツバを吐いても、列に割り込んでも、それが他人の流儀だと思えれば許せる。でも母親の中国が、つり銭を投げてよこしたり、声が大きかったりすると我慢ならない。
そうゆうのって「近親憎悪」って言うんですよね。

そしてTUKさんが書いてくれた内容をみてほしい。

僕は身長が183cmあるんですが、深センで乗った
タクシーの運転手から「日本人のくせに背が高いな。あんたの爺さんは山東人だろ。そうに違いない」と決め付けられて不愉快な思いをしたことがあります。
そのタクシーの運転手は湖南人で160cm前後で非常に小柄、日本人に対して背が低いなんて言えるような資格は全くありません。
僕が「先祖に中国人はいない。根っからの日本人だ」というと、首を振って、「絶対に中国人の血が入っている。そんな背が高い日本人なんておかしい」と言うのです。気分が悪くなり閉口しました。
一般の中国人が日本人は背が低い劣った体格の持ち主だと勘違いしているのは、情報が乏しく偏っているので、仕方が無いことだと思っていましたが、どうやら、実はそうではなく、日本人は自分たち中国人よりも何かにつけて劣った存在であって欲しいという、希望と妄想がそういうことを言わせているのだと感じました。

日中両国民にまず必要なことは、お互いが全く違う人間だと認め合うことだ。

タバコを止めようと努力してる日本人が、中国人にタバコをしつこく勧められて、礼儀知らずだと怒り始めたのを見たことがある。タバコを勧めるのは中国人にしてみれば礼儀作法の一つなのだが、日本にはそんな礼儀作法は存在しない。

上海で知り合った日本人に「今度家に遊びにきて」と中国語で言われ、実際に遊びに行ったら迷惑がられたと怒っていた中国人がいる。日本人にしてみればこれは単なる社交儀礼なのだが、中国にはそんな社交儀礼は存在しない。

もう何度も書いたことだが、我輩は北京オリンピックのOne World One Dreamというスローガンに吐き気を覚えるのだが、中国側でいえば「日本人は中国人の子孫だ」などという考え方を止めるところから始めるのがよさそうだ。

さて、poreporeさんに貴重なソースを提供していただいた。ありがとう。

http://news.bbc.co.uk/2/shared/bsp/hi/pdfs/02_04_08_globalview.pdfの調査は2007年の終わりから2008年の頭にかけて行われたものだ。肯定的な人の割合と、否定的な人の割合の両方から見て、我々日本人は世界でもっとも中国を嫌っている。もっと違った結果が出ているのだと思っていたのでhttp://pewglobal.org/reports/pdf/260.pdfの結果だけを鵜呑みにするなというamachaさんの主旨がわからなくなった。

我々日本人が世界で異常なほど中国と中国人を嫌っているという調査結果をみて、信じられないという人が何人もいたが、なぜそれを認めたくないのだろうか。韓国人は自分が反日ではないと口では言いつつ、我輩から見ると明らかに反日的思想に染まっていることが多いが、それと同じような違和感がある。

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posted by 楼主 at 11:27 | Comment(9) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月15日

英語に劣等感をもつ日本人

MyNewsJapanにあった日本はデモまで許認可の対象! 当局の許可を得て警官が同行する“管理デモ”の違和感というタイトルを見て大きな違和感をもった。しかもこんなコメントまで付いていた。

わが国は、自由を基本とした民主主義国だよね!ビラ、デモなど、警察、自衛隊に監視され、まるで戦前の憲兵、警察国家を想起させる昨今ですね!

警察は腰抜け集団だ。許可が必要だのと愚痴る必要自体ない。文句を言ってきたら、サインしてやるから書類を持ってこい、と指示してやればよいだけの話です。

まともな国ならデモに認可が必要なのは当然だ。勝手にデモ行進をして他人に迷惑をかけるのも自由だというのだろうか。この記事を書いた人や上のコメントを書いた人は、狂ってるとしか言いようがない。

さて、このデモで叫んでいた言葉が紹介されていた。

 日本政府は中国に媚びるな
 中国に媚びる政治家は支持しない
 弱腰外交はやめろ
 拉致被害者を救出しろ

 中国の人権問題から目をそらすな
 首相の五輪出席はやめろ
 人権なくして五輪なし
 長野聖火リレーを忘れないぞ
 我々は助けたい
 チベットを助けろ
 フリーチベット
 ウイグルを助けろ
 フリーウイグル
 内モンゴルを助けろ
 フリー・インナー・モンゴル

 我々は怒っている

 中国に媚びるマスコミはいらない
 長野聖火リレーを忘れないぞ
 日中記者交換協定を撤廃しろ
 マスコミは目をさませ
 我々は見ているぞ
 正しい報道をしろ

 我々は待っている
 日本人よ目を覚まそう
 我々は信じる
 日本を信じる

これをみてまず思い出したのがCNNはチベット人の悪さだけを報道しろ!だった。漢人をバカにしていたら、なんと我々も同じレベルの人間だったと気付かされてしまった。いやはや、恥ずかしい限りだ。

こんなくだらない言葉を叫んでる自分たちが目を覚ますべきだ。遠い外国の弱者の人権を喚く輩その他で散々書いてきたことだが、チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ。

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posted by 楼主 at 12:18 | Comment(12) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月16日

酔っ払いのおっさんは酒が目的ではない

森本さん、西さん、燃灯古佛さんが中国各地の包子にそれぞれの思い出を書いてくれた。ちなみに我輩の中でのナンバーワンは、ありきたりだが台北の信義路にある鼎泰豊本店の小籠包だ。我輩はこの店の近くに住んでいたことがあり、よく行ったものだ。実は上海にも鼎泰豊があるのだが、残念ながら本店のものとは全く違うものになり下がっている。

さて、英語に劣等感をもつ日本人に燃灯古佛さんが

日本人は外来語を使うのは全て『崇洋媚外』ではないと、今は気付いてしまいました。

と書いてくれたが、外来語に文句を言っているのではない。poreporeさんが書いてくれたように

「フリー・○○」にしても、和製英語として機能していたり、カタカナ英語の利便性も考慮すると、そんなに否定的に捉える必要は無いと思います。

ということだ。poreporeさんは否定的に捉えていないが、我輩は否定的に捉えているという違いはあるにせよ、ポイントはここにある。

燃灯古佛さんが知っているかどうか知らないが、我々は漢文を読み下す時に、韓国人とは違って日本語の文法に変換したという習慣をもっている。例を挙げると「春眠不覚曉」を「シュンミンフカクギョウ」とは読まず、「春眠曉ヲ覚エ不(シュンミンアカツキヲオボエズ)」と語順を変え助詞を加えたりするなどして読んだわけだ。「フリー○○」なら「○○をフリーにしろ」とでもしろということだ。我輩は恥ずかしいのでやらないが。

新常用漢字の基準は中国語かに中国語に媚びている様子が書かれているが、中国語に媚びたり英語に媚びたりせず、「日本を信じる」というデモ参加者は、我々の母語である日本語に自信をもつがよかろう。

たぬきさん

つまり、参加者は「フリー・チベット」ではなく「FREE TIBET」と叫んでいたんじゃないですか? 発音の是非はともかく。

というのは信じられない。なぜなら「フリーチベット」で検索するとこの使い方がうじゃうじゃ見つかるからだ。しかも「江頭2:50がフリーチベットしてるんだけど」というのまであった。

そして

こういう場で国際的アピールを考えて英語のスローガンを混ぜるのは別におかしなことじゃない。その点では批判したり嘲笑したりするようなこっちゃないでしょう。

を読んで、次のような場面を思い出し大笑いした。

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posted by 楼主 at 12:23 | Comment(19) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月17日

外来語に感謝しよう

njrさん

>○○をフリーにせよ
ということは回答や捺印や乗車なんてのも「答えをかえす」「印を捺す」「車に乗る」とするべきということでしょうかね。

外来語とは関係ないといってもなかなか理解されなかったが、njrさん一人だけがようやく理解してくれた。もう一度強調しておくが、外来語を批判しているのではない。

空間だけを考えるとnjrさんが指摘する通りだが、時間という軸を加えるとかなり違ってくる。

我々の先祖は、大和言葉では表せない概念を表すために、漢字に象徴される当時の中国語の力を借り、様々な新しい表現をすることができた。そして知識が凝縮されていた中国語の本を読むために、漢字を勉強し、中国語の音を模倣した音読みのほかに、その漢字の意味に近い大和言葉を訓読みとして一体化させ、ひらがなやカタカナを漢字を基に作り上げ、いわゆる漢文を読みやすいように読み下した。読み下したというのはもう翻訳したといってもいいかもしれない。

このアプローチは我々と似たような文法の言葉を使い、同じように漢字を勉強した韓国人とは異なっている。茶さんの

えっ。韓国の文法は日本語にかなり近いんですよね。彼らは漢字で文章を書くときはともかく、読むときどうやって読んだんでしょう・・・。まさか中国語で?

という質問に答えると、韓国の漢字は音読みのみであり、日本でいえば大和言葉に当たる固有韓国語で訓読みすることはない。

「春」を例として挙げると、日本では「シュン(音読み)」と「はる(訓読み)」の二つがあるが、韓国では「チュン(音読み)」としてしか読まず、「ポム」という日本語でいえば「はる」という意味の固有韓国語を訓読みとして使うことはしない。

したがって「春眠不覚曉」を韓国人は音読みで読んできたということだ。日本語風に言えば「シュンミンフカクギョウ」のような感じだ。

njrさんの指摘に戻ると、我々の先祖が中国語の力を借り、大和言葉では言い表せないものごとを表現した。その際に「捺印」などというフレーズも取り入れたのだろう。これはもうそうするしかなかったのだからしかたのないことだ。

ところが「フリーチベット」というのは、現代の日本語にとって表現不可能なことがらではない。つまりこんなことは全く不必要なことだ。こんなくだらないことをするくらいなら、英語の「free」の意味と発音をしっかり身につける方がよほど世のため人のため、そして自分のためになる。英語の「free」の発音は簡単なようだが、日本人の中でこの単語がしっかり発音できる人は半分にも満たない気がする。ちなみに日本語の「フ」という音は、中国人にとっても韓国人にとってもアメリカ人にとっても難しい発音だということを知らない日本人がほとんどだろう。

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posted by 楼主 at 13:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月19日

情けは人のためならず

情けは人のためならずという言葉があるように、ボランティアは「自分はこんなにいい人なんだ」と満足するための行為だ。これ自体は素晴らしいことで、世界中のすべての人が大きな視点で利己的になればこの世はより豊かなものとなるだろう。

ただしこれはあくまで自分の中で満足している限りにおいて素晴らしいといえるのであって、「自分はこんなにも貢献した。然るにあなたは私ほど貢献してない。したがって私はあなたより立派な人間だ」などと比較するようならもう止めた方がいい。何よりも自分のためにならない。

poreporeさんの分析の中でこんなものがあった。

中国それに自体に大きな興味や関心があるのではなく、中国の後進性を確認することにより、日本の失った自信を回復しようとする者。

これをもじっていうと

他人に関心があるのではなく、他人が自分ほど貢献していないことを確認することにより、自分が失った自信を回復しようとする者。

他人を見下すことによって自信を回復しようとしても、上には上がいるわけで、やはりコンプレックスの解消はできないということだ。

中国語に「人比人気死人」という言葉がある。これは「他人と比較していると結局は不愉快になる」というような意味だ。全ての要素において他人より優れている人間など存在しないのだから当然のことだろう。

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posted by 楼主 at 11:04 | Comment(7) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月20日

「空気」とは無根拠さの別名

「情けは人のためならず」→「情けは人のためではない」→「情けは自分のためである」→「他人に情けをかけるのは他人のためではなく、自分のためである」。誤解のしようもないほど簡単な日本語だ。ボランティアをするのも他人のためではなく、自分のためだということだ。これとF4Phantomさんが引っ張ってくれた「情けを人にかけておけば、巡り巡って自分によい報いが来るということ。」とどこが違うのか誰か説明してほしい。

日本語と言えば

また、日本に概念が無かったり、代用に足る語彙が無ければ当面片仮名表記で代用し、必要に応じて言い換えしていくのが、日本人の現在の外来語への対処の仕方になっているが、それはそれで良いと思う。

というのはもちろん賛成だ。ただし「フリーチベット」はいただけない。もし英語の「Free Tibet.」という簡単な一文すら日本語に訳せないというなら、日本語をもっと勉強するがよかろう。あるいはいっそのこと日本語を捨てて英語で暮らしていくのもいいかもしれない。

チベット旗を掲げて「Free Tibet」と叫んでいれば、その映像がyoutubeに上げられた時に、見た人間に何を訴えたいか判りやすい。発音が下手だろうが英語圏の人間に対して、日本でもチベット関連の運動があるということを訴えるには、その文言を使うべきなのだ。

酔っ払いのおっさんは酒が目的ではない

四川地震の震災区に赴いた胡錦涛が、被災者を慰めている。しかしその声は被災者に語りかけているというより、このシーンを撮っているカメラの横にあるマイクに向けられている。目の前にいる人に話しかけるためだとしたら全く必要のない程の大きな声を出す不自然さは、中国語がわからない人でも気付けると思う。

と書いたが、これは実にみっともない。

日本政府は中国に媚びるな
中国に媚びる政治家は支持しない
首相の五輪出席はやめろ
中国に媚びるマスコミはいらない
日本人よ目を覚まそう

と日本国内の個人あるいは団体に呼びかけるデモで、つまり日本語圏の人間に呼びかければ済むデモで、なぜわざわざ英語圏の人間に訴える必要があるのか、理由が全く分からない。そしてなぜフランス語圏でもなくマレー語圏でもなくスペイン語圏でもなくロシア語圏でもなく中国圏でもなくポルトガル語圏でもなく、英語圏の人間が突然出てくるのかもよくわからない。日本人よ目を覚まそうなどと言う前に、英語圏の人間にへりくだっている自分が目を覚ますべきだ。

そうそう 

マスコミは目をさませ
我々は見ているぞ
正しい報道をしろ

という時の「正しい報道」がどんなものか、大枠でいいので説明してくれる人がいないのが残念だ。まさか文革当時の漢人のように、意味もわからずにただ周りの空気に合わせて叫んでいたわけではあるまい。いや、下のようなことを考えると、意味もわからず気分だけで叫んでいた可能性も否定できない。

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posted by 楼主 at 12:37 | Comment(7) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月21日

ボランティア活動は善である

Kさんがとんでもないことを書いていたので驚いた。

先日、チラッと考えたんですけど、ボランティアの人たちの偽善を指摘するなら、福祉関係で働く人たちの偽善も指摘してはどうでしょう。

と、あたかも我輩がボランティアの人たちの偽善を指摘したかのような書き方だが、我輩はそんな指摘はしていない。ボランティアの人たちの行いは善である。

情けは人のためならず

情けは人のためならずという言葉があるように、ボランティアは「自分はこんなにいい人なんだ」と満足するための行為だ。これ自体は素晴らしいことで、世界中のすべての人が大きな視点で利己的になればこの世はより豊かなものとなるだろう。

と書いた通りだ。

具体的な例を挙げて説明しよう。

背景説明をしておくが、中国では自動車が歩行者に優先する。そしてしばしば信号さえ無視されるので、信号機のない横断歩道などほとんど存在価値もないほどだ。

さて、車が行きかう道路を渡ろうとしている一人の老女がいる。そこには横断歩道があるのだが、この老女のために止まってくれる車などなく、杖をついた老女は困ったように立ち尽くしている。ここに一人のおっさんが颯爽と登場した。名を楼主というらしい。

おっさんはあくまでも紳士的に老女に声をかける、「我輩が向こうまで案内して差し上げよう」と。

老女はにっこり笑い、おっさんの左手を握りしめる。

おっさんは右手を大きく振りかざしながら、行きかう車の運転手に合図を送り、止まってもらうことに成功し、老女の手を引きつつ横断歩道を渡り終える。

そして老女はおっさんにお礼を言いつつ去って行った。

さて、我輩には上のような経験が10回以上あるのだが、人助けをするのは我輩の目的ではなく、目的を達成するための手段に過ぎない。

それでは我輩の目的は何なのだろうか。

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posted by 楼主 at 19:12 | Comment(4) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月22日

国語力の低下

Kさんにはこれまでに何度も、我輩が書いてないことを書いたことにされてきたが、今回のは特にひどい。

デモにしろ、ボランティアにしろ、そんなに深層心理に潜む偽善や利己心を悪いことのように指摘しなければいけないんでしょうか。

というのはなんなのだろうか。タイトルにさえ「ボランティア活動は善である」と書いてあるにも関わらず、我輩がそれを偽善だと指摘したことにされてしまった。そして情けは人のためならずに

情けは人のためならずという言葉があるように、ボランティアは「自分はこんなにいい人なんだ」と満足するための行為だ。これ自体は素晴らしいことで、世界中のすべての人が大きな視点で利己的になればこの世はより豊かなものとなるだろう。

と利己的活動を肯定しているのに、なぜか「利己心を悪いことのように指摘しなければいけないんでしょうか」と詰問されてしまった。国語力の低下は韓国だけに見られる現象ではないということだろう。

また

これを、チベットや台湾に肩入れする人たちに単純に当てはめてはいけないんですか?

ということに関しては、うんざりするほど我輩の立場を表明してきたが、黒を白と読み替えてしまうKさんにそれが伝わることを期待するのは不可能だと判断せざるを得ない。

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posted by 楼主 at 11:59 | Comment(13) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年07月24日

三六五二五回の明け暮れ

poreporeさんが紹介してくれた幸せな空気読み

・空気は人を健忘症にするので、人は自分がなぜその時、その空気に支配されたか、後になって説明できない。つまり、「空気」とは無根拠さの別名でもある。

とあるが、ほんの数年前には「中国(人)を批判すると日本人から批判される」という空気があったことを覚えているだろうか。なぜ存在したかは問わない。存在したこと自体を覚えているだろうか。

中国(人)を批判して「この右翼野郎めが」などと様々な罵詈雑言をもらった人でないと、もはや覚えていないのかもしれない。

本ブログを始める以前の話になるが、我輩は中国にサーバーを借りてブログを立てていたことがある。当時はADSLの下りでさえ理論値が512Kbpsあるいは1Mbpsしかなく(上りは公表されていない)、自分の家にサーバーを立てても遅くて使いものにならないという事情があったので、しかたなくレンタルサーバーを借りていた(最近では2Mbpsまでレベルアップしたようだ。日本ではどうかと今チェックしたら、ADSLは最高50Mbpsで、携帯でさえ中国のADSLより数倍も速いとわかって唖然としてしまった)。さて、我輩は恐れ多くも中国に置いてあるサーバー上で中国(人)批判をしていたわけだが、最後には「公安からの通知があったから」という理由でレンタルサーバーを管理している会社にブログ全体を削除されてしまった。

当時我輩は中国(人)を批判することによって日本人から批判され、最後には中国の公安からブログごと抹殺されるという、なんだか割に合わないことをやっていたわけだ。

最近では台湾独立を支援することに反対したり、チベットを支援することに反対しているためか、例えば

貴方は何としても「日本のバカウヨがチベット虐殺に抗議しているのだ。あれはバカウヨの運動なのだ。一党独裁国家は素晴らしいのだ」と印象操作を行いたい

との批評を受けている。以前は「この右翼野郎めが」と言われたこの我輩が、だ。中国(人)を批判しなければ批判されるという空気の中では仕方がないことなのだろう。

そして「楼主は中身がほかの人に入れ替わったのでは」と言われたこともあるが、なるほどporeporeさんが

そしてこちらのサイトの2005年ごろの記事と現在の記事をよく比較してもらいたい。

というのも同じ流れだ。

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posted by 楼主 at 14:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年08月10日

コメント

seesaaの方にコメントを書こうとすると「ERROR : 投稿に失敗しました。 」と表示され、コメントを書くことができなくなった。困ったものだ。

呆れたさんへ
>「フリーチベット」にいかがわしさを感じる自由を尊重できない人が他民族の自由を尊重できるのでしょうか? 
>>中国の方じゃないですよね。日本語大丈夫ですよね。
それほど難しくない日本語だが、これすらも理解できないとは、呆れたさんには呆れるばかりだ。呆れたさんには日本語があまり通じないことはいくつもの例から明らかだが、一つだけ例を挙げてみよう。

「こんなくだらない言葉を叫んでる自分たちが目を覚ますべきだ。遠い外国の弱者の人権を喚く輩その他で散々書いてきたことだが、チベットとかモンゴルとか遠い所のことを言う前に、自分の身の回りにいる、手助けが必要な人たちに手を差し伸べるべきだ。」

 彼が「やめろ」と書いています。私が「嫌でもお前はフリーチベット運動をしろ。命令する!」と書いた訳じゃない。
 「やめろ」と理不尽な難癖を付けて来たのですから、反論するのは当たり前ではないでしょうか。

以上の内容を簡単なたとえ話としてまとめると以下のようになる。呆れたさんのお母さんを「母」とし、呆れたさんを「呆」とする。

母「食事の前に手を洗いなさい。」
呆「食事をやめろとはなにごとだ。手を洗うことを優先させるというのは、つまり食事をするなということなのだ。」

もう少し日本語を勉強してから書き込んでいただければありがたい。

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posted by 楼主 at 13:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年08月12日

がんばれニッポン 末綱・前田ペア

平泳ぎの北島が世界新で金メダル。ゴールの瞬間には我輩も雄たけびを上げた。世界記録というのはいずれ破られるものだが、金メダルはドーピング検査に引っ掛からない限り奪われない。だからまずは金メダルを獲得したことに安堵し、それから世界新という大記録に感動した。おめでとう。そしてありがとう。

しかし、その北島よりも大きな感動を与えてくれた人たちがいる。バドミントンの末綱・前田ペアだ。

スポーツ競技には実力が結果にそのまま反映されやすいものと、そうでないものがある。そしてバドミントンは、ほぼ実力=結果という競技の代表格だ。

同じくラケットを使うテニスでは、1セットが細かいゲームに分けれるので、4点取れば1ゲーム獲得できる。ここでは運が大きなキーとなりうる。なにしろ運良く2点でも取ればもうゴールまで半分、となるのだから。

卓球はテニスほどではないにしろ、運の重みはバドミントンより大きい。1セットは11ポイントしかないので、例えばネットインで得点が3回あれば3/11、つまりゴールまで約3割走ったことになるのだ。

極端な例を挙げると、卓球が1ポイント制になれば、我輩でも福原愛に勝てる可能性がある。サーブでエッジに当たってそのままゲームセット、あるいはレシーブでネットにあたってそのままゲームセット、ということが起こるかもしれないからだ。ところがこれが100ポイント制になれば、もうお手上げだ。これはもう実力通りとならざるを得ない。

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posted by 楼主 at 12:38 | Comment(8) | TrackBack(1) | 嗚呼日本

2008年08月17日

落ちぶれつつある日本

朝鮮人が我が国を嫌う最大の理由は嫉妬心だろう。昔から何もかも教えてやった日本人に、大きな顔をされて悔しい、ということだ。漢人が我が国を嫌う最大の理由も同じようなものだろう。

しかし、かつて漢人や朝鮮人は、我々の先祖を嫉妬することはなかったはずだ。自分に自信があったからだ。

ところが獣のようにみなしていた日本人が、あれよあれよと言う間に力をつけ始め、新しい単語さえも日本語から取り入れなくてはならなくなり、自信を喪失した挙句、日本人に対して嫉妬し始めた。

つまり地位が転落した時にこそ、愛国心という名の下に反撥が起きることになる。

非常に残念なことだが、我が国が今その状態にある。

数年前までは経済の強さを後ろ盾にできた我々は、自信満々でやってきた。ところが最近では頼りにしてきた経済がガタガタになり、自信を喪失し始めた。それに反比例するかのように朝鮮人をバカにし、漢人を見下す言論がどんどん増えてきている。すこし前までの中国や韓国にそっくりだ。

探偵ファイルという有名サイトにある終戦記念日に靖国の乱闘に参加/BOSSを開いて「PM04。中国国旗の踏み絵と破壊が始まる。」の部分を見てほしい。こんなことをやるほど我が国は民度が下がっている。ただ、これを見て抗議した若者がいたそうだ。

若者  日本人として恥ずかしい。
翼   ここをどこだと思っている。
若者  外国人(白人)もたくさんいるし、日本人みんなが中国嫌いだと思われるだろ?
翼   文句があるなら中国大使館に行け。
外野  靖国で言うなバカ野郎。
翼   先に日本の国旗を蹂躙したのは中国だろ。
若者  とにかく恥ずかしいことはやめろ。
私   どっちも日本が好きなんだからもめるなアホ。

我が国は長きに渡って「欧米のパクリばかりの猿まね国家」とバカにされ、それを恥ずかしく思っていたはずだったが、ここにきて中国のパクリをするまでに落ちぶれてしまったようだ。

逆に中国や韓国では、日本人を嫉妬の対象から外しかけている。我が国にそれだけの価値がなくなりつつあるのだ。

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posted by 楼主 at 11:07 | Comment(25) | TrackBack(1) | 嗚呼日本

2008年08月23日

嫌中教育の現場

【奥運(オリンピック).com】(47)金メダルの重さという記事から一節引っ張る。

 だからバドミントン女子の世界ランク1位、楊維・張潔ブン組が、8位の日本の末綱聡子・前田美順組に逆転負けしたとき、インターネット掲示板では「中国人のメンツをつぶした」などの容赦ない罵声(ばせい)が浴びせられた。負けても健闘をたたえる日本文化とは大違いだが、それが今回、最多の金メダル獲得を狙う中国の強さの源でもある。

「負けても健闘をたたえる日本文化とは大違い」などと暗に中国を見下しているのが鼻につく。この記事は全部で五段落という短いものだが、中国に難癖をつけたくてうずうずしているような内容に仕上がっている。福島香織という人は記者として嫌中に励んでいるということなのだろうか。

検索してみると、北京趣聞博客 (ぺきんこねたぶろぐ)が見つかった。福島香織という人はどうやら産経新聞の記者で北京で活躍している記者のようだ。

北京は劉翔パニック! に上の文と同じ意味のことがより詳しく書かれていた。

■ただ、日本人が、棄権した選手をここまで責めるのはめったにないですよね。土佐選手がリタイア寸前で苦悶の表情で走っているとき、沿道の日本人は、「もういい!がんばらなくていいよ!」と悲鳴のような声をあげていました。負傷棄権で、もっとも悔しいのは選手自身ということを知っているので、やはり、観客としては、残念がっても、そこで選手を責められないです。

これをみた我輩は中国の男子サッカーチームが

そういえば日本の男子サッカーは二試合連続で負けてしまったようだ。試合の内容は見ていないが、スコアだけから言えば、なかなか立派な試合だったのだろう。インターネットで見る限り、なんだか否定的な意見が多いようだが、そういう人は日本が勝てるとでも思っていたのだろうか。

と書いたことがあるだけに、嘘付け、と思いつつコメント欄を見ていると以下のようなものが見つかった。続きを読む
posted by 楼主 at 10:39 | Comment(30) | TrackBack(0) | 嗚呼日本

2008年08月24日

日本の新聞社

ド近眼オヤジの近眼の主張というブログにある中国語の競技名から引っ張る。

鉄餅  -->  円盤投げ
円盤は餅なのですね。
東日本の四角い餅ではなく、西日本の丸い餅なのでしょう。

これをみて、漢人が難癖をつけた「進出」という言葉を思い出した。

「日本軍が中国に進出した」という日本語の表現を「日本軍が中国に入ってすぐに出て行った」と中国語で曲解し、ほらみたことか、日本人は中国を侵略したことをいまだに認めていないじゃないかと難癖をつけたあれである。

ちなみに中国語では「進口」が「輸入」で「出口」が「輸出」を表し、二つをまとめて「進出口」というのは「輸出入」ということになる。「進出口」という言葉に見慣れていると日本語にある「進出」も「入ったり出たり」というように思えるのだろう。ただしこの場合、中国語で日本語の意味を勝手に解釈しても通じない。

実は上にある「円盤は餅なのですね」というのも同じ轍を踏んでいる。中国語の「餅」は日本語の「餅」とは全く違うものだ。中国語がわからなくても辞書を引くことぐらいできそうなものだが。ちなみにこれがその結果だ。

さて、次に挙げるのは少なくとも辞書で意味を調べたという例だ。しかし感心しないという点では上の例と変わりがない。

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posted by 楼主 at 11:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼日本
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