2005年06月03日

五つの不思議な風景

元スレはここだ。中国語がわかる人も下を見たほうが早いかも知れん。その前に人気blogランキングをクリックしてくれるとありがたい。

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2005年07月06日

別れ

元スレはここだ。

「別れるっていうのは、辛いことで、心に刻まれるような痛みは忘れることはないよね。ある程度時間が経過して、今それを振り返ってみると、別れって人生の必修科目なんだ。分かれた時、あなたは何を学んだ?愛の後に恨みはない、って言う人がいるけど、傷つけられた相手を、まだ憎んでる?」

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2006年03月02日

原則

昨日に引き続き、台湾の友人からのメールを紹介する。マトモな内容なので読んでもらいたい。


「むかしむかし…
ある王国にある特別な風習があり、それは国王が主催する宴会では、全ての料理の表面からしか食べることを許されず、中までほじくることが禁じられているというものでした。

ある日、外国の使者がこの国を訪れ、国王は喜んでこの使者のために宴会を催しました。
宴会が始まり、使者の前に香料で覆われた魚が運ばれてくると、この使者はこの国の風習を知らずに、魚を裏返してしまいました。

大臣たちはこれを見ると、一斉に大声で叫び始めました:『平価、あなたは侮辱されましたよ!このような侮辱を受けた国王はこれまでいませんでした!この使者を今すぐに処刑してください!』

国王はため息をついた後、この使者に言いました:『あなたが聞いたとおり、あなたを処刑しないと、私は国王としての立場がなくなってしまいます。
ただし、両国の友好関係を考えて、あなたに最後の願いをかなえてあげます。何でも言ってください。』

使者は少し考えてから言いました:『こうなっては仕方がありません、私の望みをお話しします。』

国王は言いました:「よろしい。あなたに命を与える以外なら、なんでもかなえてあげましょう。」

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2006年03月19日

サメを目の前にして男が女を海に突き落とした

なぜか投稿したはずの記事が消えてしまったので、台湾の友人が転送してくれた迷惑メールを紹介する。

サメを目の前にして男が女を海に突き落とした

あるカップルがいたが、男は気弱で、何か新しいことをするときには、必ず女に先に試させていた。女はこれが非常に不満だった。

ある日、二人が海に出た帰りに、突風が船を粉々にしてしまったが、女が木の板をつかむことができたため二人は一命をとりとめた。女が男に聞いた:「怖い?」

すると男は懐から果物ナイフを取り出して言った:「怖いよ、でもサメが近寄ってきたらこいつでやっつけてやる。」女は首を横に振り苦笑するだけだった。

しばらくすると、あるタンカーが二人を発見し、二人が大喜びした正にそのとき、サメの大群が現れ、女がこう叫んだ:「二人で力をあわせてこぎ続ければ、きっと大丈夫よ!」

ところが男はなんと女を海に突き落とし、一人で木の板をこぎつつタンカーの方へ向い始め、そして叫んだ:「今回はオレにまず試させてくれ!」

女は呆然と男の後姿を見つめ、絶望を感じた。数匹のサメが女に近寄ってきたが、女にはなぜか興味をもたずに男の方へと泳ぎ去っていき、男はサメからの襲撃を受けたが、狂ったように女に向って叫んでいた:「お前を愛してるよ!」

女は救助され、甲板の人たちは黙祷を続けていたが、キャプテンが女のそばへ行きこう言った:「お嬢さん、彼は私が知っている限り最も勇敢なお方でした。一緒に彼のために祈りましょう!」

「いいえ、あの人は単なる弱虫です。」女性は冷たく言い放った。

するとキャプテンがこう言った:

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2006年08月20日

愛の替わりに沈黙を

中国ではいまだに狂犬病で死亡する人が後を絶たない。先日もどこかの村で狂犬病が蔓延し、全てのイヌが捕まえられ殺されるというニュースを見た。規定通りに登録し、注射を打っていたイヌまでもが殺されたという話だった。

なんでも今月の27日には上海でも未登録のイヌが全て捕まえられるという噂がある。

さて、我輩は明日からちょっと上海を離れるため、ここの更新ができなくなる。そこで罪滅ぼしに、珍しく長めのスレッドを紹介しよう。なかなかいい内容なので、読みやすいように句読点を変更してお届けする。ただし面倒なので、いつものように自分で読み直すことはしない。誤字脱字などがあるはずだがご勘弁を。

「 四年後のある日、虹橋空港で美美(楼主注:女性のニックネームのようなもの)にばったり出会った。彼女は少しふっくらとなり、ただ美しい顔立ちは昔のままだった。彼女は私に気づいたが、私の存在を無視し、そのまま通り過ぎていった。二人の間には、もうなにも残っていないのをはっきりと感じた。

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2007年01月16日

涙に隠された理由

よけいなメールを毎日転送してくれる迷惑な台湾の友人がいるのだが、さきほどもらったメールを紹介する。

「どうして泣くのか(ノンフィクション)

中国で起きた実話。

中国内陸のある場所で、運転手が満席の長距離バスを運転し曲がりくねった山道にさしかかった。

山道に入ると銃をもった三人の悪党が美人の運転手に目をつけ、バスを停めるように命令した。運転手をバスの外で『もてあそぶ』ために。

運転手は助けを求め叫んだが、乗客は冬のセミのように黙り込んでいた。

ただ一人、中年のやせ細った小柄な男性が立ち上がったが、ぼこぼこにやられ倒れた。この男性は怒り心頭で、乗客に悪党を制止するよう求めたが、誰もがそれを無視し、運転手が山の草むらに連れて行かれ暴行されるままにしていた。

一時間後、三人の悪党と惨めな格好の運転手がバスに戻ってきた。すると運転手は血を流している男性をバスから引きずりおろそうとした。しかし男性は嫌がり、口論になった。

『出ていきなって、私はあんたなんか乗せたくないんだ!』

『なんてことを言うんだ、あんたを助けたのが、間違いだって言うのか?』

『私を助けたって?あんたがなにをしてくれたって言うの?』

運転手が否定すると、乗客の中からバカにしたような笑い声さえ聞こえてきた。

男性は頭に来たが、自分に正義の味方のような力がないことをうらむしかなかった。しかし確かに助けることはできなかったが、そこまでいわなくてもいいだろう、と。

しかしバスから降ろされることには徹底して反対した。

『切符を買ったんだから、最低でもこのバスに乗る権利はあるはずだ!』

運転手は冷たく言い放った、『あんたが降りないなら、運転しない。』

すると思っても見なかったことに、さっきまでは黙りこんでいた乗客たちが、突然目覚めたかのように、全員で男性にバスを降りるよう勧め始めたのだ。

『早く降りなよ、みんな急いでるんだし。』

そして体格のいい乗客たちが、この男性を引きずりおろそうとさえしたのは、まるでモーパッサンの≪脂肪の塊≫のようだった。

三人の悪党はにやりと笑い、得意げだった。

そのうちの一人が恥知らずにも『いやまったく、楽しめたな!』というと、他の二人も『この女はオレの彼女だぜ、お前らには関係ねえだろ!』などと話していた。

言い争いは続いたが、男性の荷物が窓から放り投げ出されると、男性も押し切られるかのようにバスから降ろされた。

バスはまたゆっくりと山道を走り始め、運転手は髪を整えると、ラジオのスイッチを入れた。

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2007年03月07日

これを読んで泣かないでいられる?

元スレはここだ。句読点と段落を修正あるいは補いつつ紹介する。

「劉剛は強盗犯で、投獄されてから一年になるが、誰も面会にきてくれる人はいなかった。

他の人にはたびたび面会者が来てくれたり、様々な食べ物を持ってきてくれたりするのを見るにつけ、劉剛はうらやましくてたまらず、両親に手紙を書き、面会に来てほしいとお願いしたが、これは食べ物がほしいわけではなく、単に両親が恋しかっただけだった。

何度も書いた手紙に何の返事も来ることがなく、劉剛は、両親に見捨てられたことにようやく気づいた。悲しみと絶望を感じ、最後の手紙を出し、その中でもし面会に来てくれなければ、息子を永遠に失うことになると書いた。これは不満を表しただけではなく、重刑で服役している仲間たちから一緒に脱獄しようと誘われていて、決心が付かずにいたが、両親に見捨てられれば、裸一貫で、もうなにも思いかけることはないという考えだった。
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2007年06月21日

爺さんをマックに連れていったよ

うふさん、現在つかわれている漢字の九割以上が形声字と呼ばれるもので、これを簡単に説明すると、漢字の半分が意味を表し、残りの半分が発音を表すということだ。発音を表すということは、突き詰めて言えば発音記号だ。

例えば今回のタイトルに出てくる初めの文字は「爺」だが「好々爺」という言葉があるように、音読みは「ヤ」だ。そして同じ発音記号を使う「椰」の音読みが「ヤ」であることは言うまでもない。この二つの漢字の中で、意味を表す部分はそれぞれ「父」「木」だけだ。

こうみてくれば、「言」+「人(ニン)」=認(ニン)だって、形声字という中国伝統の、しかも今となっては主流である造字ルールに則ったものであり、「言」+「上(ジョウ)」=「譲(ジョウ)」だって許せる気にならないだろうか。

漢字に限らず、なんでもそうなのだが、新しいものが出てくると、それを拒否し、古いものを守ろうという人が出てくる。しかしそれは「『正しい』日本語を使え」などと若者が使う日本語を批判したり、「心をこめて万年筆で手紙を書け」などとコンピュータを拒否したりするのと同じ類の、中国風に言えば「封建思想」的態度に過ぎない。

ぼびさん
>俺の書く字は汚いんですわ・・・。 あと、漢字が思い出せなくてねぇ・・・。
考えてほしい。文字を書くのと、携帯やコンピュータなどでタイプする頻度の、どちらが高いかを。実用面から言えば、文字は読めることが大切なのであって、書けることはそれほど重要ではない。例えばうふさんがよく使うと紹介してくれた「贏」という漢字(中国語で勝つという意味)は、我輩は一度も書いたことがないが、それで困ったことも全くないぞ。

蛞蝓さん
>ブルース・リーの生家がある所へお引越されたようで。
仏山に来てから、黄飛鴻とかいう有名人の出身地だということを知ったが、かのブルース・リーもこの地の出身だとは!仏山、なかなかやるじゃないか。がはははは。
>せめて武士の情けで、これに宋(南宋除く)くらいは、つけてやって下さい。
忘れておった(笑)。たしかに宋もそうだ。

さて、今回は森本さんが紹介してくれたこのスレッドを紹介する。タイトルも森本さんからいただいた。いつもありがとう。

元の文にあるとおりに句読点を使うと読みにくくなるので、適宜変更しながら紹介する。
「私は小さいころからお爺ちゃんに育ててもらいました。今年ようやく学校を卒業して、順調に就職もできました。そしてお爺ちゃんを呼んで一緒に暮らし始めたのですが、この二ヶ月の間に、お爺ちゃんは初めて飛行機に乗り、初めてホテルに泊まり、初めてマクドナルドで食事をしました......お爺ちゃんがビッグマックを両手に抱えている様子は、子供のように無邪気で、それを見た私は何だか涙が出そうになってしまいました。お爺ちゃんは一口食べた後、『うん、おいしいのぅ!飛行機の機内食よりおいしい!』と言ってくれました。お爺ちゃんの幸せそうな顔を見て、そのとき心の中でこう思いました、『大好きなお爺ちゃん、きっと長生きしてね。しっかり孝行させてね!私がお爺ちゃんにあげられるものは、この世で最高のものって訳には行かないと思うけど、でも私ができる範囲で最高のものをあげるからね!!!』と。写真を見て気づいたんですけど、お爺ちゃんの髪の毛は全部白くなっていて、眉毛まで白くなっていました。人生の最後のひと時を楽しく過ごしてほしい、一日一日。

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2007年07月17日

両親

蛞蝓さん
>ぐふ…家賃だけで二分の一突破してます。
それはまた豪儀だ。中国は正にバブル状態で、不動産マーケットからの資金が株マーケットに流れてきたと思っていたら、株値は高いまま、不動産マーケットも賑わっている。がんばれ中国共産党。

Kさん
>>広くなった部屋を木の板で細く切り刻むように区切り
>カプセルホテルを連想してしまいました。
なるほど面積は同じ程度かもしれない。ただしこの小さな部屋に人間がぎりぎり立てるほどの空間が確保してあるようだ。

今回の元スレはここだ。

「私はもうすぐ三十になるというのに、いつまでたっても大人としての実感がなく、いまだに両親の前では小さな子供といった感じです。思いもよらぬことに、定年退職したばかりの父が入院し、検査の結果、冠状動脈に欠陥があり、しかも重度の症状だということでした。

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2007年10月04日

母牛に学ぶ親子の絆

黒狐さん
>中華民国の成立が1912年 中国地方が確認できる記録が1394年 (ウィキペディアより) どう考えて中国地方の方が古いにも関らず支那と呼ぶと差別だとか言って中国を押しつけたのは中共だろうと・・・
なるほど「中国」という名称は日本で使われてきた歴史のほうがずっと長いということか。それを逆に日本「にも」中国が、というのは主張が全く逆方向になっているということになる。ところで支那というのは別に日本人が発明したものではなく、西遊記で有名な玄奘が自らの祖国を翻訳した言葉だったはずだ。文句を言うなら玄奘に言ってもらいたいものだ。
西遊記で思い出したが、美しい容貌をもっていたとされる玄奘を、日本のドラマでは女性が演じているが、これは中国文化に対する冒涜だなどと非難する漢人がいる。ところが、もともと男性であった観世音菩薩を「支那」で勝手に女性にしてしまったことに対しては黙っているのだから、主張に全く一貫性がない。

さて、今回の元スレはここだ。適宜に段落わけをして紹介する。

「一切に魂が宿っている!‐殺生は止めましょう

 20世紀末のある夜のこと、湖南衛星テレビである一幕を見た私は、たまらず声を上げて泣いてしまいました!

 青海省(楼主注:ここから青海省の画像をチェックしてほしい)にある砂漠地区ではひどい水不足が続いています。ここでは水が配給制になっていて、軍隊が遠くから運んでくる水が一日一人当たり1.5リットル供給されるそうです。この1.5リットルの水は、飲んだり、米を研いだり、野菜を洗ったりするのに使われるだけではありません……最後には飼っている家畜にも分けてあげるのです。

 家畜ものどの渇きには耐えられません!ある日のこと、いつもはおとなしい一頭の牛が、のどの渇きに耐えられず、ロープから逃げだし、砂漠の真ん中にある、いつも運水車が通る道路まで走っていきました。牛は驚くべき識別力で、待ちに待った水を運ぶ軍用車を見つけると、その前に立ちはだかりました。軍人たちは似たような場面に出くわした経験がありましたが、この牛ほど頑固な家畜には出会ったことがありませんでした。

 実は軍の規定に『水を一滴を漏らしてはいけない』という一項があり、ましてや勝手に水を配給してはならないのです。このような規定は、一見すると冷酷に思えますが、実際にはやむを得ず決められたわけで、タンクの中の水は一滴一滴が大切なものなのです。

 そして牛と軍人が対峙したまま、最後には砂漠の中で渋滞まで起きてしまいました。大声で怒鳴る人や、しまいにはガソリンに火をつけて牛を追い払おうとする人まで出てきました。
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2007年10月05日

命を賭して守った8.5元(約130円)

ghost_moonさん
>岩波文庫に収録されている全訳版の西遊記を読みましたが、三蔵法師は、とにかくよく泣きます。あんだけメソメソしてたら、映像的には三蔵法師を女性に演じさせたくなる演出家の気持ちは良くわかります。
なるほど、実際の玄奘は意志が強く、簡単には泣きそうもないが、御伽噺である西遊記では孫悟空の引き立て役に貶められている、と。
そうそう、いまさら気づいたが、中国では「玄奘(法師)」と呼ばれるのが普通で、「唐三蔵」やら「三蔵法師」という呼び名はマイナーだ。

さて、今回の元スレはここだ。適宜段落わけをしつつ紹介しよう。

「ある日のお昼のこと、ごみ拾いをして生計を立てている女性が、拾ったごみを換金して、三輪車をこぎつつ来た道を戻っていくと、人通りがない小道に差し掛かったとき、道の角から追いはぎがあらわれました。

この追いはぎは手にナイフを持っていて、そのナイフを女性の胸に当てると、お金を全部出せと怒鳴りつけました。女性は驚きのあまり、身動きもできないようでした。それをみた追いはぎが、女性のポケットからビニール袋を探り出すと、そこにはお札が入っていました。

追いはぎがお金を奪い、逃げ去ろうとしたそのとき、女性はようやく我に返り、おいはぎにすぐに追いつくと、ビニール袋を奪い返しました。

追いはぎはナイフを女性に差し向け、手を離せと脅しました。しかし女性は両手でお金の入ったビニール袋をしっかりつかんだまま、どうしても手を離しませんでした。

女性は必死にビニール袋をつかみつつ、大声で叫ぶと、その近くに住んでいる人たちがそれを聞きつけ、みんなで追いはぎを取り押さえました。

みんなで追いはぎを派出所まで連れて行くと、警官が手続きを始めました。尋問の際、追いはぎはすべての事実を認めました。一方、女性は立ったまま震えていて、顔には冷や汗が流れていました。

警官が『もう怖がらなくても大丈夫ですよ。』というと、女性は『指を折られたようで、とても痛いんです。』と答えました。そして右手を上げると、人差し指がブランとしていることにみんなが気づきました。

指が折られてさえもお金の入った袋から手を離さなかったということは、相当な金額が入っていたということでしょう。

ところが警官がビニール袋を開けてみると、そこにいた人たちは言葉を失ってしまいました。中にはたったの8.5元しか入っていなかったのです。しかも全部が一角や二角(楼主注:一角は0.1元、つまり10角=1元。)札でした。

わずか8.5元のために、一人は指を骨折し、もう一人は犯罪者となってしまったのです。まったく割に合わないことです。そしてこの話はあっという間に町中に広まりました。

警官は不思議に思いました。いったいどうしてこの女性は、指を折られるという痛みを我慢してまで、わずか8.5元にこだわったのだろうか、と。そしてその原因を突き止めようと決心しました。

そこで女性を病院に連れて行き、治療してもらったあと、答えを見つけるために、女性のあとをつけました。
8.5元はいったい何のために!?
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2007年10月30日

血友病患者の幸せな暮らし

元スレはここだ。

「愛の力はすばらしい

今回のSHANGHAI TIMESに載ってた記事にまた感動させられました。
内容は血友病患者が、9歳から今までずっと、体の中の血液は全て他の人からもらっているという話です
この人の命は今すぐにも終わってしまうかもしれないのに、美しい看護婦さんが嫁ぐことを決心しました、
しかもほんの少し前に子供を生みました。そして子供にかわいらしい名前をつけました、その名前は張三李四といいます(楼主注:張三李四の意味については北京オリンピックで絶対いわれる言葉を参照してほしい)。
この男性はたくましく、女性はおしとやか、本当にうらやましいですね。」

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2007年11月08日

最高の晩餐

Kさん
>腹いせに子供を売るのも凄いけど、売れてしまうのもすごいですね。
まったく仰るとおりだ。友達とそのお父さんまで出てきてその売買を応援したようだが、それを止めるのが友達の役目だろう。どうせコミッションを取るために悪魔の手先となったというのが真相だとはおもうが、悲しい話だ。

さて、今回の元スレはここだ。

「車のオーナーになってからというもの、家庭訪問が頭痛のタネになっています、というのも生徒の家はあちこちに散在している村々の狭い路地などにあり、自転車がないと非常に不便だからです。でも私がもっていた自転車はもう全部プレゼントしてしまいました。さて、どうやって家庭訪問の任務をやり遂げたらいいのでしょうか?

 『先生わたしの自転車を使ってください』と維という名の女生徒が遠慮がちに言ってくれたのは、あの日の放課後、ようやく家庭訪問に行こうと決心したときのことでした、『私を後ろに乗せてくださいますよね?』と。そうだ、それはいいアイデアだ!私は大喜びで、自転車に乗り、彼女を後ろに乗せると、後から行列が、十人は下らない生徒がついてきましたが、それは全部おなじ村の子達で、でもお互いの家がどこにあるかはよくわからないため、みんな一緒に村に帰るとのことでしたので、生徒たちに先に両親に連絡しておくように言いました。

 生徒たちは自分たちで家庭訪問の順番を決め、私に便利なように、遠くから近いところにまわる順番にしてくれたといっていました。そして距離が同じくらいの二軒があると、子供たちは譲り合い、帰りが遅くなってお腹をすかせている時間が長くなるのも厭わないようで、とても感動させられました。家庭訪問の時間を短くするため、できるだけ要点だけを話すようにしました。そして家庭訪問を順調にこなしていきましたが、半分ほどの家庭が残っているとき、突然、自転車がパンクしてしまいましたが、時間が遅かったこともあり、自転車店をみつけることもできませんでした。生徒たちは自分の自転車に乗ってくれといってくれましたが、私は感激しつつも手を振り、君たちは前をゆっくり走って、誰か維さんを乗せてあげれば、先生は後ろから走ってついていく、トレーニングとダイエットを兼ねてねと言いました。するとみんなは、アハハと笑い出し、それじゃ私たちもダイエットすると言い出しました……そしてみんな自転車から降り、自転車を押しつつ歩き出しましたが、子供たちは少しも太っていないどころか、やせっぽちの女の子までいました!

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2007年12月07日

10元のリング

元スレはここだ。10元は約150円だ。

「わずか十元のリング〈涙〉書き込んでくれない人は見ないで

 あれはとても幸せな日々でした、とはいえ二人のポケットには百元しかありませんでした。

 衝動的に彼がいる都市へ行くことにしました、手ぶらで彼の前に現れた私は、このまま一緒になろうよといいました。彼は私を抱きしめてくれました。しっかりと。

 当時は彼の友達が裁判のためにお金が必要でその人にお金を貸していました。だから、彼もほとんどお金を持っていませんでした。

 私たちは静かな団地に部屋を借りて、こまごまとしたものを買い、それからお財布を開けて、いくら残っているか確認すると、百元しかありませんでした。

 心配するな、友達から借りてくれば大丈夫。給料日になれば返せるし、と彼は言ってくれました。

 でも私は、借りちゃダメ、一度借りたら二度も三度も借りる癖がついちゃうから。一緒に乗り切ろうよ。それでこそ永遠に一緒にいられるんだから、といいました。

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2007年12月16日

チョコレートで気分転換

チョコレートで気分転換


元スレはここだ。

「チョコレートが大好きになりました

同僚が今日チョコレートをくれました、それは日本から持ち帰ったもので、待ち切れずすぐに開けて食べてみると、このチョコレートは格別で、味わっているその間は、なんだか悩み事もなくなったような感じで、ふさぎこむ気分もどこかへ飛んで行ってしまい、甘い気分に浸っているようで、それはまるで恋愛をしているかのようにうきうきしました。

そういえば以前ネットで見たことがあるのですが、チョコレートにはある成分が含まれていて、その成分は気分が乗っていない人でも楽しくさせるそうですが、本当に効果抜群で、一つまた一つと食べましたが、本当においしく、また気分もとても良くなりました。

すると、チョコレートの箱の中には最後の一つだけになってしまい、それを食べたら楽しい気分がなくなってしまうと感じ、大切に手に取り口に入れ、でも噛むのが惜しくて、ゆっくりと口の中で溶かすようにしました、それは口の中にとどまっている時間が長ければ、それだけ楽しい気分が続くはずだったからです。

最後の一つもとうとう全部溶けてしまって、私も楽しい気分からまた憂鬱になってしまったので、どうして楽しい気分はこんなに早く消えてしまうのか、どうして口の中でもっと長くとどまってくれないのかと考えました。

自分を楽しくさせるために、これから毎日チョコレートを買うことに決めました、楽しい時や辛い時などに食べるつもりですが、もちろん噛んだりせず、口の中に含んで、じっくりと楽しむ予定です。

それにクリスマスには大きなチョコレートを自分にプレゼントすることにします、というのも新しい年を迎えた自分が、楽しい気分でいられるようにと願うからです。」


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